名古屋が育んだ不屈のDF 藤井陽也はひたすらに前を、上を向く
2023シーズンは19節時点で全試合スタメン、出場時間1709分とほぼフルタイムで出場している。 【Photo by Etsuo Hara/Getty Images】
多くの成長の糧を得た名古屋アカデミー時代
187cmの長身を活かした空中戦の強さとチーム内でも屈指の俊足を併せ持ち、ロングフィードやドリブルでの果敢な持ち上がりもスタジアムを沸かせる。その活躍が認められ、今年3月のキリンチャレンジカップにおける日本代表に追加招集。残念ながら試合への出場はならなかったが、名古屋のアカデミーにU-12世代から所属していた選手としては初のA代表選出という、クラブ史に残る偉業を成し遂げている。
まさしく“純血”のグランパス育ちの選手である藤井だが、決して順風満帆のサッカー人生を送ってきたわけではなかった。それは名古屋のスクール生からアカデミー生になりたくて、何度もセレクションに落ちながらも合格を勝ち取った最初の一歩から始まり、その後何度も厳しい試練が彼の前には立ちはだかったという。それでも、と諦めることなく突き進んだ藤井の歩みは、努力の大切さを教えてくれるようでもある。
「一番の試練はジュニアユースからユースに上がるタイミングでした。僕はなかなか自分の武器というか長所、『これ』というものがない選手だったんです。全部が平均的という感じで特徴がなかった。だから何か武器を作らなきゃいけないっていう思いでヘディングの練習をしたりとか、そういうことを心がけてあの頃はやっていましたね。
U-18に上がってすぐ、1年生で試合に出られたときもやっぱりうまくいかない。パワーで負けたり、そういう試合も多かったです。でも、当時の高田哲也監督が良いときも良くないときも継続して試合に使ってくれて、試合に出ることで毎週のように成長することができました。僕は1年生、2年生、3年生と毎年監督が変わったんですけど、監督たちはずっと信頼して使ってくれました。それがすごく自分の成長につながったかなと思います」
「伸び伸びやらせてもらったけど、ときに厳しいことも言われましたよ」と藤井はさらに回想する。1年生として試合に出場する以上は結果に責任を負うべき立場にもなるが、チームはその年にプレミアリーグからプリンスリーグに降格してしまう。「すごく辛かった」。だが、次の年は昇格を決める試合で自らも得点を決め、プレミアリーグ復帰に貢献。「そういう降格、昇格が決まる大事な試合に出たことも、すごく自分を成長させてくれたと思ってます」と、辛く苦しい経験を経たことも自らの成長の糧とし、血肉に代えてきたと語った。
努力の天才である藤井はギリギリのトップチーム昇格を「本当に一番下からのスタートだ」と切り替え、逆に意欲を燃やしてプロとしてのキャリアをスタートさせる。長身ではあったが線の細かったフィジカル面からまずは見直し、オフシーズンにパーソナルトレーナーを雇って肉体改造に着手。1日5食の“食事トレ”も自分に課し、身体を大きくするとともに身体の動かし方、操り方も並行して鍛え上げた。その結果が体重にしておよそ6kgほどの増量と、俊足のFWと対峙しても走り負けないスピードの獲得だ。昨年に出場機会を得たのはチーム事情による部分、つまりいくばくかの“偶然”の要素もあったが、その瞬間を勝ち取るだけの準備を彼はしていたのである。
「常に刺激を受けている」。同期の“ありがたい”ライバル。
小学生の頃からの付き合いだという菅原由勢とは、今年3月に日本代表合宿で“再会”した。 【写真:森田直樹/アフロスポーツ】
「吉田麻也さんと由勢では見え方が違います。吉田麻也さんはやっぱり単純に憧れというか、目標です。名古屋のアカデミーを卒業して、代表になって活躍してるっていう大きな存在でしたけど、由勢は同期で、ずっと一緒にやっていた選手。彼からは刺激を受けることの方が多かったです。今、ワールドカップが終わった後の代表でもずっと試合に出ているので、本当に負けられないなっていう気持ちが強いです。
彼は中学生のときからずっと年代別の日本代表にも入っていて、ひとつ上の学年で試合に出たりとかもして、常に先を走ってくれた選手です。そういう選手がいたからこそ、自分も負けないようにと頑張ってこられたと思います。でもそこには悔しいという気持ちよりは、本当に頑張らなきゃなって思わせてくれたという気持ちがあって、本当にありがたいなって、由勢はそういう存在です。本当に負けられない」
チームの主力として1シーズンを戦い抜き、追加招集とはいえ日本代表に選ばれたことで、藤井陽也という選手は一人前のプロサッカー選手として誰もが認める存在にはなった。すべてが手探りだった昨年は「試合に出続けなきゃいけない、目の前の相手に負けない、そういう個人のことばかり考えていた」が、今季はより上の視点から日々を、サッカーを眺められるようにもなっている。「できるのは当たり前だと思われているので、プラスアルファで何ができるか」。現状に満足することなく、常に成長や進化にチャレンジする姿は、同じく「チャレンジ」というキーワードで今季のJ1リーグ上位を走るチームのコンセプトとも合致し、藤井の歩みをさらに加速する。
「今年はサイドでプレーすることも多くなったので、攻撃のスイッチを入れたり、ロングパス含めたパスも、ドリブルでも、攻撃のアクセントを加えられるようになったというのは、自分の中で去年と比較して良く出ていると思うところですね。去年よりもドリブルした後の判断が良くなってきましたし、行くときはもう行ききってしまうというのも去年から成長した部分。あとはシンプルにやる判断の部分をもっと上げていかなきゃいけないです。
でも、自分は本当に良くない試合がまだまだあるので。試合に対しての自分のモチベーションは変わらないけど、『なんか今日は身体が重いな』という試合も、1年間を通せば絶対にあるものですけど、そこでコンディションの調整にもっともっと気を遣わないといけないです。相手の分析はスタッフのおかげでしっかりできているので、やっぱり自分のコンディションをしっかり仕上げて、毎週の試合を100%に近い身体でやれるようにしたい」
本人も言う通り、センターバックながら藤井の魅力の一つにドリブルがあるのは徐々に周知もされてきたところではないか。もともと得意で、しかし使いどころがなかった隠れた武器は、チームが3バックを採用したことでむしろ必須のマテリアルともなった。3バックのビルドアップでボールを前進させる術として、相手をかわしながらグイグイと持ち運ぶ彼のドリブルはもはやチームの見どころにもなってきた。最近の名古屋の試合では藤井がボールをもってドリブルを始めると歓声も起こるようになり、そのどよめきを感じて気分が乗ることもあるという。「まあ、多少はそういうところもあります(笑)」。まんざらでもない藤井の表情を見ると、どうしても期待してしまう試合もある。