女子ボクシング2022年MVPの晝田瑞希が抱く野望 広い世界で活躍するために「まだまだ強く、もっと強く――」

船橋真二郎

2022年女子年間MVP、最高試合賞をダブル受賞した晝田瑞希(三迫) 【写真は共同】

「泣き虫だし、特別、強い人間じゃない」

 2021年10月15日のプロデビューから1年2ヵ月、わずか4戦目でWBO女子世界スーパーフライ級王者となった晝田瑞希(ひるた・みずき/三迫)。2022年は3連勝で女子年間MVP、同最高試合賞に輝き、女子ボクシングの新たな顔になった。だが、決して軽やかにトップの座に駆け上がったわけではない。

 昨年4月12日、26歳の誕生日に迎えたプロ2戦目。東洋太平洋女子スーパーフライ級王者で、いずれも海外で3度の世界挑戦経験がある強打者、ぬきてるみ(井岡弘樹=当時)との8回戦では、終盤7ラウンドにボクシング人生初となるダウンを喫した。1度ならず2度までも。薄氷を踏むような思いでぬきの追い上げを振り切り、判定で勝利を飾った試合直後のリングで、晝田は安堵のあまり号泣した。身をもってプロの小さな8オンスグローブの怖さを知った。

 続く9月の日本女子フライ級王座決定戦では、元アマチュア日本代表のチームメイトで、上の階級(ライト級)で全日本女子選手権2連覇の実績を残した柳井妃奈実(真正)と対戦。持ち前のステップワークを駆使して完封する(柳井は体重超過)。プロ初のタイトル以上に大きかったのは、どこかで引きずっていた恐怖心を乗り越え、パワーのある相手に対し、作戦を完遂したことだった。

 晝田は昨年、自分が想像した以上に速いペースで用意されるステップを上がる状況に戸惑いを口にすることもあった。それでも自身のイメージカラーと同じWBO女子のピンクのベルトを手にすると、さらなる飛躍と将来的な海外での活躍を視野にアメリカに3週間の合宿に出かける。プロ転向時に誓った「プロで革命を起こす」ためには、このままのペースでは実現できないから、と。ロサンゼルス郊外に「Legendz Boxing Gym」を構える敏腕マニー・ロブレス・トレーナー門下に入り、トレーニングに励んだ晝田は「私はまだまだ強くなれるし、もっと強くなりたい」と目を輝かせ、「もっと広い世界で活躍したい」と夢をふくらませる。

 三迫ジムを練習拠点にするWBAスーパー・WBC世界ライトフライ級統一王者の寺地拳四朗(BMB)とのコンビで知られ、晝田を担当している加藤健太トレーナーは、ここまでのプロでの1戦1戦が「意味のある試合だった」と振り返る。

 アメリカで晝田が学んだのは、主に攻撃の技術だったが、加藤トレーナーは「それに取り組むには、近い距離に居座り続ける勇気が必要だったはず」と指摘する。ぬき戦後のスパーリングで男子選手にダウンを取られ、動揺を露わにしたことのあった晝田に心構えを厳しく求め続けた。一度はさらけ出した自分の弱さと向き合い、乗り越えたことが、ここから先の飛躍に欠かせないステップになったのである。

 晝田は「私は泣き虫だし、特別、強い人間じゃない」と笑う。そんな自分だから共感を覚えてもらえる人がいて、力を与えられる人がいるのではないか――。それがモチベーションのひとつになっているという。

 だからこそ、リングの上では特別な存在になれるように強さを求め、より大きな結果を求める。6月13日、後楽園ホールに指名挑戦者1位のケーシー・モートン(アメリカ)を迎える初防衛戦で“約束の6ラウンドKO勝ち”を目指し、その先に海外を見据える。(5月16日取材)

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世界が広がることで「夢が現実に近づく感覚」を得た

初防衛戦に向け、加藤健太トレーナーのミットにパンチを打ち込む 【写真:船橋真二郎】

――アメリカに行って、どうすればプロで革命を起こせるのか、思い描いたことを実現できるのか、探しに行きたかったということですが、自分の中で見えてきたものはありますか。

 もっと絶対的な実力が必要ですね。もともと私は自分に100%自信があるわけじゃないし、いつも不安ばっかりなんですけど。向こうに行って、自信になった部分もあるけど「あ、こんなもんじゃダメなんだな」っていうか、世界にはもっと強い人がいて、もっともっと強くならないといけないなって感じました。私は狭い世界しか見てなかったなと思ったし、今回、会ったのは数人だったけど、それでも世界は広いと感じたし、いくらでも強い人がいるんだなって知りました。でも、私も世界で戦える人になって、誰よりも強くなりたいと思いました。

――マニー・ロブレスのチームには女子のトップ選手もいるんですか。

 アルゼンチンのジェシカ・ボップ。レジェンドですよね(元WBO女子世界フライ級、WBA・WBO女子世界ライトフライ級王者)。見ているだけで勉強になったし、スパーリングもさせてもらって。彼女、背は小さいんですけど、体つきがヤバイいんですよ。なんだ、あの背中は!? みたいな(笑)。

――(筋肉質の)晝田選手もビックリするぐらいの?(笑)

 いや、もう次元が違います!(笑) 攻撃面もそうやし、ディフェンスも巧いし、ほんまに女子かなと思うような動きをして。年齢も39歳で8歳の娘さんがいるんですけど、そんなの関係ないんだなと思わせてもらったし、そういう選手を実際に感じられたのは良かったですね。あとはスーパーバンタム級のラムラ(・アリ)選手(イギリス)。ソマリア出身で、そういう面でも注目されてるんですけど、トップモデルでもありながら、ほんとに強くて(東京五輪にも出場した8戦全勝2KOのIBF女子世界スーパーバンタム級3位)。

――刺激的な出会いがあったんですね。

 そうですね。人間的にも。誰がっていうよりも、あっちで会った人、みんなをリスペクトしたい。まだ4戦ぐらいしかしてないルピータっていう私より軽い階級の選手がいて、小さくて、細いんですけど、気持ちが強くて、すごいKOをできるぐらい力強いボクシングをするんです。で、みんな、そうなんですけど、ほんとに優しいんですよ。ボクシングだけじゃなくて、人間的にも尊敬できるし、出会った全員に刺激を受けました。男の子もそうですし。そうやって世界が広がったら、夢も広がったし、夢が現実に近づくような感覚もあって。世界の広さを知ったからこそ、欲も出てきて、もしかしたら、もっとできるかも、もっと広い世界で活躍できるかもって思わせてもらいました。

――以前、昨年4月にニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンに大観衆を集めて、試合も反響を呼んだケイティー・テイラー(アイルランド)とアマンダ・セラノ(プエルトリコ)の女子ライト級のビッグマッチに大きな刺激をもらったと言っていました。そういう世界の一端を感じられて、また捉え方も変わってきたんじゃないですか。

 ラムラさんもそうなんですけど、一緒に練習した人たちは、海外の大きなプロモーターと契約している選手ばかりだったし、私もそうなりたい、大きなプロモーターのもとで大きな試合をやってみたいと思ったし、やるだけで満足じゃなくて、結果も残したいし。そういうところで戦っている人たちと接して、実現したい気持ちが強くなりましたね。夢が見えてきたというか、現実的な目標になってきたというか。

――実際、藤岡奈穂子(竹原慎二&畑山隆則)さんもずっとアメリカで試合をしたいという思いを持ち続けて、行動を起こして、ようやくでしたけど、フライ級のチャンピオンとして実現して(2021年7月、ロサンゼルス。2022年4月、サンアントニオ)。ライトフライ級の天海ツナミ(山木)選手もセニエサ・エストラーダ(アメリカ)という軽量級の人気選手と(2021年7月、ロサンゼルス)。チャンスがないわけじゃないですよね。

 だから、ここではまだ引けないというか、行動を起こし続けたいと思います。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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