吉野修一郎が「ネクスト・メイウェザー」と対峙して体感したもの ライト級以上の中量級で世界を目指す難しさ

船橋真二郎

劣勢でも心は折れていなかった

追い込まれていた吉野だが、劣勢でも心は折れることなく懸命に戦い続けた 【Photo by Elsa/Getty Images】

 吉野はいよいよ追い込まれる。「ダメージはなかった」と振り返るが、思わぬ敵も現れた。インターバルの1分間、レフェリー、ドクター、スタッフがコーナーに張り付くようになった。

 吉野のダメージを確認するためだが、いくら「ノープロブレム」と繰り返しても、取り合ってもらえない。問題はセコンドワークがままならなくなったこと。助言もできない。うがい、水分補給も難しくなる。「めっちゃ話しかけてくるから、休憩にならない」(吉野)。「あそこまで時間をかける必要があるのか」と椎野トレーナーが憤るのも無理はない。

 WOWOWの解説を務め、現役時代に何度もアメリカで戦った亀海喜寛(帝拳)さんが経験談として、「ダメージがあると思われると『大丈夫か、大丈夫か』とうるさく聞いてくるので、指示ができなくなる」と中継の中で話していた。いずれにせよ、アメリカで戦う上で頭に入れておくべきことなのだろう。

 いつ止められてもおかしくない中、吉野は懸命に戦い続けた。最後は6回、スティーブンソンの左アッパーがかすめたところでレフェリーが割って入った。鋭いタイミングとはいえ、ヒットはしていない。唐突感は否めなかった。劣勢でも「まだまだここから」と心は折れていなかったという。

「(スティーブンソンは)巧いし、速いし、パンチの精度も高くて、確かにもらってましたけど、自分としては元気だったし、ダメージもスタミナも問題なかった。まだ試合も半分だし、どこかで絶対にチャンスがくると信じていたので、最後までチャンスを狙い続けようと思ってたんですけど」

貴重な経験を生かして、アメリカで勝つために

「あの舞台でまた戦いたい」と5月中旬から練習を再開した吉野 【写真:船橋真二郎】

 吉野が練習を再開したのは1ヵ月が過ぎた5月中旬。「負けたというより、『終わっちゃった』という感じでした」。それがストップの瞬間の素直な心境だ。ボクサーとしては「失神するぐらいまでやらせてほしかった」。行き場のない悔しさが残されたことも確かだった。

 同時に湧き上がってくるのが「あの舞台でまた戦いたい」という思いだった。ニューアークはスティーブンソンのホームタウンで正真正銘のアウェー。会場のプルデンシャルセンターに入場すると1万人を優に超える「耳元で爆音を鳴らされているような、地響きみたいなブーイング」を一斉に浴びせかけられた。敵意むき出しの空気に「黙らせてやる」と闘志が湧き、自然と笑みがこぼれた。それも含め、「雰囲気は最高だった」という。

「貴重な経験でした。あんなデカい会場で、ましてや自分がずっと望んでいたアメリカのメインでやらせてもらって。今のままじゃダメだということも分かったし、この経験を生かして、また向こうで勝つために椎野さんとやっていきたいと思います」

 椎野トレーナーが後を引き取る。日本にいても世界王者クラスとスパーリングができる軽量級と違い、中量級では相応のレベルのスパーリングパートナーが少なく、「環境の面で負けているのは仕方ない」。スティーブンソンのようなハイレベルな駆け引きに揉まれ、レベルアップを図るには、2019年夏の初のロサンゼルス合宿以降、コロナ禍で頓挫したスパーリング合宿の計画を再開し、レベルの高い環境に身を置くことが必須だが、“日常”の意識を高く持つことも大切だと考え直している。

「普段から高いところを見て、シャドーをとっても一つひとつのパンチや動きの目的を意識するとか、1個1個の練習の質を上げていくこと。スパーリングでは、日本には相手がいないというぐらい圧倒すること。今でも吉野のほうが優勢なスパーが多いですけど、この程度でいいみたいな緩みも、分の悪い時間も一切なくして、常に圧倒するぐらいじゃないとダメだと思います」

 今のライト級で世界王者になるということは、安定したディフェンスで4団体統一王者に君臨するデビン・ヘイニー、野性味と豪打、高いスキルを併せ持つWBA正規王者のジャーボンテ・デービス(ともにアメリカ)、パウンド・フォー・パウンドランキングにも名前を連ねる世界的な強豪に勝つということ。中谷が引退し、そのレベルをリアルにイメージできる日本人は、現状では吉野しかいない。体感したからこそ、発想が浮かぶ攻守両面の改善点もあるという。コンビは前を向き、再び歩き始めている。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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