“開始2秒の転倒”から始まった木原龍一の10シーズン 最高のパートナーとたどりついた「世界の頂点」

沢田聡子

日本のペア競技の将来を変える金メダル

観客からの手拍子に乗って滑ったフリー 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 22日に披露した三浦/木原のショートプログラム『You’ll Never Walk Alone』は完璧だった。ハグをしてからリンクに入った二人は、最初の要素であるトリプルツイストに挑む。木原が三浦の体をふわっと受け止め、順調に滑り出したショートはすべての要素に加点がつき、自己ベストを更新する80.72というハイスコアをたたき出した。

「正直、80点が私は出ると思っていなかったので、すごく嬉しかったです」(三浦)

「80点台に乗せられるかという不安が少しあったのですが、『自己ベストは超えられるかな』という自信はあったので、素直に嬉しかった」(木原)

 二人は、ショート1位でフリーに臨むことになった。

 翌23日のフリー、二人は『Atlas: Two /Shared Tenderness』を滑る。自己犠牲愛を表現するフリーでは、切ない曲調と伸びやかなスケーティングが相まって、氷上に二人ならではの世界を描き出す。

 冒頭のトリプルツイストはレベル3を獲得、ショートでのレベル2を上回る評価を得る。続く3連続ジャンプも決めた二人を見て、客席から大歓声が上がった。しかし3回転サルコウを予定していたソロジャンプで、三浦の回転が抜けダブルになってしまう。それでも会場の声援は二人の背中を押し続け、スロートリプルルッツは見事に成功。2本目のスロージャンプとなるトリプルループに入る直前から手拍子も起きたが、三浦は転倒してしまった。デススパイラル、リフトはいつものように雄大な出来栄えで魅せ、演技を終えた。

 三浦は、リンクサイドに戻るまでずっと悔しそうにしていた。

「今シーズン、スローループをこけたことがなかったので。降りたのですが、耐えることができなくて『自分に負けちゃったな』と。悔しいです」

 そんな三浦に木原がかけたのが、冒頭の言葉だ。しかし、三浦は優勝を決めて現れたミックスゾーンでもスローループの失敗を悔やんでおり「来シーズンは絶対頑張ります」と負けん気をみせていた。その気概こそが、世界一になれた要因かもしれない。

 金メダリストとして臨んだ記者会見で、木原は日本のペアの将来についてこう語っている。

「この結果を見て『ペアに挑戦したい』という男の子・女の子が出てきてくれて、この日をきっかけに日本のペアスケーターがどんどん増加していけば。10年後、20年後に『この日から変わったよね』と言ってもらえるような日が来ることを願っています」

 開始2秒での転倒という厳しい形でペアスケーターのキャリアをスタートしたさいたまスーパーアリーナのリンクに、10シーズンを経た木原が世界選手権金メダリストとして立つことができたのは、先が見えない道程を諦めずに進んできたからだ。

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著者プロフィール

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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