羽生結弦が『GIFT』に託したもの 東京ドームのスケールを超える、その大きな意味

沢田聡子

東京ドームに内省的な世界を創り上げた『GIFT』 【(C)2023 GIFT Official】

新プログラム『阿修羅ちゃん』で見せたプロの表現

 観衆3万5000人を集めて東京ドームで行われた『GIFT』。海外にもライブ配信された公演で、羽生結弦は自らの半生をスケートと言葉で表現した。

 昨年11月から12月にかけて行ったプロとしては初となるアイスショー『プロローグ』は、栄光に満ちた羽生の競技人生を、映像と羽生自身が滑るプログラムで振り返る構成だった。それから二か月半あまりを経て開催された『GIFT』は、より羽生自身の内面をさらけ出す内容になっている。東京ドームという巨大な空間で繰り広げられたのは、心の奥底に降りていく内省的な世界だ。

 第1部の最後は『序奏とロンド・カプリチオーソ』で、羽生は北京五輪で1回転になった4回転サルコウを決めて締めくくっている。第2部は、観客を盛り上げる『Let’s Go Crazy』の演奏に続くプログラム『Let Me Entertain You』で幕を開けた。続いて、ポップな印象の映像、ELEVENPLAYのダンスパフォーマンスと共に、羽生のモノローグが流れる。

「できなきゃ意味がない/なら今の僕は/必要がないのか」

「こんな僕のこと、/誰がわかる?/一生わからない。/わからない!」

 そして登場した羽生は、新しいプログラム『阿修羅ちゃん』(Ado)を滑り始める。モノローグに続く意味を持たせたと思われる、冒頭の歌詞が響く。

「ねえ、あんたわかっちゃいない」

 この言葉は、取材者である筆者にも突き刺さった。稀代のスケーターである羽生を理解しようと努めてきたつもりでも、その思い込みは誤解でしかないのかもしれない。突出した存在である羽生は、だからこそ理解されないという苦悩を常に抱えてきたのだろう。ただ、競技者としては表に出すことが難しかった本音を、プロになった今の羽生はプログラムに託して表現することができる。

新プログラム『阿修羅ちゃん』でプロとして新たな表現をみせた羽生 【(C)2023 GIFT Official】

 『阿修羅ちゃん』に乗ってダンサーさながらの鋭い動きをみせる羽生を観て思い起こされたのは、 “SharePractice”での個別インタビューだった。昨年8月、拠点であるアイスリンク仙台で練習を公開した羽生は、ポップダンスの動画を観て基礎を練習していると語っている。

「陸上のカチカチな踊りをしっかりちゃんと基礎的にできていた方が氷上に生かせるかな、って。『新しい側面が出るかな』ということを考えながらやっています」

 競技プログラムでは見せたことがなかった鋭角的な動きを、東京ドームで滑る羽生はすっかり自分のものにしていた。競技者として抱えてきた苦悩を、新たに身につけたプロとしての技術により洗練された表現に昇華したのが『阿修羅ちゃん』だといえる。内面の葛藤を作品に仕上げる術を獲得した今の羽生は、プロの表現者として王道を歩んでいる。

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著者プロフィール

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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