“戦略家”の元世界王者が語る「井上尚弥と井岡一翔」

船橋真二郎

スーパーバンタム級に進出する井上尚弥

バンタム級で世界4団体統一の偉業を成し遂げた井上尚弥 【写真:松尾/アフロスポーツ】

 井上尚弥(大橋)が1階級上のスーパーバンタム級に進出する。12月13日、ボクシング史上9人目、バンタム級初、日本人初と同時にアジア人初、そんな大仕事をやってのけた東京・有明アリーナのリングで高らかに宣言した。

「4団体統一を成し遂げた今、スーパーバンタム級への転向を考えています」

 偉業の余韻さめやらぬ数日後、元IBF世界スーパーバンタム級王者の小國以載(角海老宝石)に話を聞かせてもらった。所属ジムがある大塚のカフェで向かい合い、話を振ると、笑いながら軽いジャブで機先を制された。

「いや、俺は(井上とは)やらないですよ。やるわけないじゃないですか」

 古傷である右手を再手術した影響もあり、実に3年ぶりの復帰戦を7ヵ月前に戦った。結果は4回途中、バッティングによる負傷でストップとなり、引き分けに終わるものの、16勝中14KOと国内バンタム級きってのパンチ力を誇る栗原慶太(一力)をポジショニング、タイミングの妙で上回り、さすがと唸らせるようなスキルを見せつけた。

 健在ぶりを示した試合後、専門誌『ボクシング・ビート』で久しぶりにインタビューする機会があった。一度は世界王者に上りつめ、キャリアの締めくくりを見すえ始めているという34歳は言った。

「最後に井上(尚弥)君とやって、ぶっ倒されるのもええかな、と思ってるんですよ。最強の男に初めてのKO負けで終わるのもいいじゃないですか」

 約半年の時を挟んで発せられた正反対の言葉。いずれの背後にあったのも井上への畏怖の念であっただろう。

 小國は6年前の大みそか、22勝22KO無敗(1無効試合)のジョナタン・グスマン(ドミニカ共和国)に判定勝ちで殊勲の世界奪取。圧倒的なパワー、身体能力の高さを備えた王者に対し、信念を持って作戦を貫き、見事に攻略してみせた。

 自身を徹底して分析し、長所、短所を知り尽くす。その自分を立脚点に相手の戦力、気質などと照らし合わせ、勝利の手立てを考えに考え抜く。軽妙な“小國節”に覆い隠されているところもあるが、真摯にボクシングを突きつめてきた人だ。

 そんな小國に井上のこと、そして、今年も通算して11回目となる大みそかのリングに上がる井岡一翔(志成)のことを聞いた。

 同い年の井岡とは高校時代から親交がある。高校6冠を果たすなど、当時から抜きんでた存在だった井岡には、高校1年の近畿大会で初めて見たときから「こういうやつが世界チャンピオンになるんやろうな」と別格のものを感じ、敬意を抱いてきた。

 WBO世界スーパーフライ級王者としてWBA同級王者のジョシュア・フランコ(アメリカ)を東京・大田区総合体育館に迎え撃つ日本人初の世界4階級制覇王者には、これもまた日本人初の2階級で2団体統一という快挙がかかる。

バトラーは勝つ気がなかったわけではない

井上はバトラーを終始圧倒した 【写真:松尾/アフロスポーツ】

 井上がWBO王者のポール・バトラー(イギリス)を終盤11回TKOで退けた一戦は、ジムの後輩で現・日本フライ級1位の山内涼太とスマートフォンの画面を通して見たという。「まず、分かってほしいのは」と小國が口を開いたのは「ディフェンス一辺倒」「勝つ気なし」と評されたバトラーについてだった。

小國 めっちゃ言われてますけど、バトラー、巧いですよ。あれだけ倒す気で来てる井上君のプレスを延々とかけられ続けたら、しんどくなってくるし、(ガードの上からでも)ダメージは絶対あるし、その中でも守って、守って、11ラウンドまで持っていくんやから。俺はディフェンス技術の高さを褒めたいぐらい。さすがチャンピオンやなって、逆に思いました。

――ただ、あの戦い方では倒されなくても勝てない。

小國 いや、勝つ気がないというより、(勝機を)見いだそう、見いだそうとした中での、どうしようもできんかった、やと俺は思います。勝負を先延ばしして、先延ばしして、(井上が)バテてくるかなとか、勝つための何かを考えてたはずやと思いますけどね。

――やれることは最大限やった、と。

小國 やったかなと思います。負けるんやったら、もう攻めたらええやんと思うかもしれないけど、殴られた俺らは分かる。(井上の1学年下の)山内も大学(東京農大)のときにスパーリングをやってるから、一緒に『バトラーの気持ち、分かるよな』と納得してました。今まで受けたことのないような衝撃やから。ガードの上からでも足の先まで痺れたと山内も言うとったけど、打ちにいって、これをカウンターでもらったら、どうなってまうんやろうと、気持ちも体も拒否反応して、打てないんですよ。それぐらい強いんやと、あいつの代弁してやりたいぐらい。一瞬でも隙を見せたら終わりますからね。

――小國選手がスパーリングをしたのは、井上選手のスーパーフライ級時代でしたよね。

小國 7年前ですね。しのげるか、しのげないかの話になってくるんで、井上君の練習にならんし、自分の練習にもならんし、スパーリングのレベルじゃなかったですね。7年前でそれやから。

――身長173cmでスーパーバンタム級でもリーチのある小國選手でも11ラウンドはもたない。

小國 もたないです。俺もディフェンス力はそこそこ悪くはないほうやと思うし、距離も長いけど、今日は立ってたら勝ちや、ディフェンスだけでええと言われて、向こうはそれを知らずにこっちのカウンターがあるぞ、あるぞと思っているという前提でやったとしても、5、6ラウンド以内に仕留められるやろうな、と思うぐらいですね。

――それぐらい力があって、特にディフェンスに秀でたチャンピオンだということ。

小國 じゃあ、次にバトラーと日本の(バンタム級で)誰が勝負できるのかと言ったら、現時点では唯一、(元WBC世界バンタム級暫定王者の)井上拓真君かな、というぐらいのチャンピオンだと俺は思ってます。それを11ラウンドに倒しに行って、倒せるのがどれだけすごいかということです。次元が違う。“あの相手”にあそこまでディフェンスされたら、倒すのは難しいですよ。

 世界チャンピオン同士の戦いであっても、一方を「勝つ気がない」と見る者に言わせるぐらい凌駕してしまう。井上の“モンスター”たる所以でもあるのだが、「井上君がかわいそうなぐらいですよね」と小國は言った。

 これまで世界戦19戦全勝(17KO)という圧倒的な戦績が示す通りの傑出した力を見せてきた一方でポテンシャルを最大限に引き出すライバル不在を言われてきた。では、プロデビュー当初のライトフライ級から数えて5階級目のスーパーバンタム級ではどうなのか。階級の壁はないのか。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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