“戦略家”の元世界王者が語る「井上尚弥と井岡一翔」

船橋真二郎

井上尚弥に階級の壁は?

元IBF世界スーパーバンタム級王者の小國以載 【船橋真二郎】

 2009年夏、インターハイが開催された奈良の会場で子どものような小柄な選手とすれ違った。その年、芦屋大を中退してプロに転向することになる21歳の小國以載はただならぬ空気を感じ、後輩に尋ねた。「あいつ、めっちゃ雰囲気あんな。誰やねん」。「あれが井上ですよ」。当時はまだ身長160cmに届かない高校1年生の井上尚弥だった。

 井上は全試合RSC(レフェリーストップ・コンテスト)のパーフェクトで優勝を果たす。小國は決勝で戦った高校3年生に試合の前後に声をかけていた。「どうやった?」。「何がすごいって、パンチがヤバいです」。左目の周囲を紫色に腫れさせながら答えたのは、現・WBAスーパー、WBC世界ライトフライ級王者の寺地拳四朗(BMB)だった。

 10オンスのグローブ、ヘッドギアあり、それも体重45kg以下という最軽量級で見せた破格のパンチ力。井上が語られるとき、クローズアップされるのが破壊力だが、もちろん井上の強さはそれだけではない。むしろ、ここから先、ポイントになってくるのはそれ以外の部分ではないかと小國は見る。

小國 スーパーバンタムでも、パンチはめっちゃあるほうやと思う。フェザーでも、普通よりもあると思う。パワーに関しては問題ない。ただ、相手の体がデカくなってきて、必然的に耐久力(=打たれ強さ)が上がってくるから、ネックになるとしたら、そっちじゃないですかね。

――それを前提に戦い方を考えないといけない。

小國 例に出すのは悪いけど、(元WBC世界フライ級王者の)比嘉(大吾)君がそうやと思う。別に今の(2階級上の)バンタムでも通用するパンチ力はあると思う。しんどい試合になってるのは、相手の耐久力が上がってるからで、決してパンチは落ちてない。で、比嘉君はパンチが売りで、そこで勝負できなくなってきたから、しんどくなってる。でも、井上君はそうじゃない。

――あれだけのパワーがあって、スピードもずば抜けているけど、それだけじゃないですよね。

小國 だけじゃないです。あれだけパワーがあったら、特化した戦い方をしがちになるけど、頼らず、しっかりジャブを突いて、崩していく。別に足を使って、アウトボクシングもできる。耐久力が上がって、一発では倒れたりせんようになったとしても、違う引き出しがいくらでもあるから。スーパーバンタムでも、フェザーになっても(世界を)獲ると思います。でも、ここから面白くなってくるかもしれないですね。やっと。

――やっと、ということですね(笑)。

小國 それって、ほんまにすごいことなんですけどね。ただ、今のスーパーバンタムのチャンピオンが強いからですよ。俺とかだったら、チーンですよ。いや、ほんまに(笑)。

――それだけWBC・WBO王者のスティーブン・フルトン(アメリカ)、WBAスーパー、IBF王者のムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)はレベルが高い。

小國 いや、ごっつ高いと思う。あの2人とはやってほしいですね。フルトンとのテクニック勝負も見てみたいけど、俺が面白いと思うのは(サウスポーの)アフマダリエフです。(2021年4月にウズベキスタンで5回TKO負けしている元IBF王者の)岩佐(亮佑)が今まででパンチが一番あったと言ってたから。井上君に勝つには耐久力とパンチ力が大前提やと思うんで。

――その2つが勝つための最低条件になる。

小國 パンチがなかったら、ものともせずに入ってこられますからね。で、アフマダリエフはパワーがあって、攻めるし、打ち合うけど、アマチュアでやってるから(リオ五輪銅メダル)、ほんまは足も使えて、技術もあるし、何でもできるタイプじゃないですかね。

数字や目に見えるものでは測れない井岡一翔のすごさ

井岡一翔は2階級で2団体統一をかけ、大みそかのリングに臨む 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 以前、小國は野球のピッチャーに例え、井上は200kmの剛速球を投げると表現した。それはパワー、スピードといったフィジカルの能力が飛び抜けていることを指してもいる。

 もちろん、まだまだ体ができていない高校1年生、最軽量級の井上がすでに驚くようなパンチを打っていたように、速いボールを投げる、倒すパンチを打つには広い意味でのテクニックなども関係してくるから、パワーがあるとか、そう単純なことではないのだが、フィジカルの優れたボクサーであることは間違いないだろう。

 それでは井岡一翔はどうか。パワー、スピードが突出しているわけではない。「だから、すごい」と小國は言う。同感である。それでも10年以上、ミニマム級から始まって複数階級でトップを争い続け、いずれも日本人1位の世界戦22戦20勝(10KO2敗)は素晴らしいの一語に尽きる。

 だが、そんな数字や目に見えるものだけでは測れないものがあるように「試合巧者」で「技術が高い」「距離感に優れている」といった言葉だけでは伝わりきらないのが、井岡のボクシングのすごさなのだろう。

「この相手に対して、パンチをもらわん位置はこことか、嫌がる位置取りはこことか、ここなら、このパンチが当たるから、こう動いて、こうするとか。ここの(向かい合う2人の)空間を支配して、繊細に計算しながら緻密な崩し方ができるのが井岡だと思います。で、それを全部、自分で分かってやってると思う。あのレベルになったら、俺には語られへん」

 爆発的なパワー、スピードがないことは、井岡自身がよく分かっているはず、と小國は言う。その上でどう戦うかを突きつめ、自分のボクシングを築き上げてきた、と。

「だから、どっちかと言ったら、俺も同じタイプ。感覚としては同じやと思うんですよ。でも、そうは思えなかったんですよ、高校のときは。それこそ、俺らとは持ってるもんが違うから仕方ないわ、と思ってました。あ、そうじゃないんやって、少しずつ分かるようになってきたのは、ある程度、自分が力をつけてきてから。で、自分が世界を獲るぐらいになるにつれて、ちょっと追い着いてきたかな、と思う頃には、あいつはもっと先を行ってたんですけど」

「もっと先を行っていた」と小國が言ったことのひとつが、井岡が取り入れてきたピラティスやストレッチ、体幹トレーニングだった。小國と話していく中で「時代」の話になった。

 それぞれの環境にも左右される面があるから、一概にはくくれないのだが、少なくとも小國の若い頃はまだ「練習中に水を飲むな」が残っていた。今のようにフィジカルトレーニングなど、多様なトレーニングが浸透している時代ではなかったという。

「井岡とか、俺らは、そういう世代の最後のほうやと思う」

 そして、急激に時代が変わったと言えば、ボクシングの世界戦の中継形態だろう。

「今、地上波でやってるのは井岡だけじゃないですか。親父が好きでテレビを見てたから、俺も畑山(隆則)さんと坂本(博之)さんの試合を見たし、そういうのがなくなるのかなと思ったら、俺からしたら、あいつだけがボクシングをつないでくれてるなと思ってしまうんですよ(笑)」

 井岡に井上君のボクシングは絶対にできない。井上君に井岡のボクシングは絶対にできない。双璧をなすボクシングを地上波のテレビ中継で見て、感じてほしい。それが小國の心情である。

 小國もまた自分だけのボクシングを追求してきた。キャリアの締めくくりとして、思い描くのは「世界ランカーとか、世界につながるような相手と食うか、食われるか」という試合。「来年は何か大きいことをしたいですね」と言った。

2/2ページ

著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント