連載小説:I’m BLUE -蒼きクレド-

[連載小説]I’m BLUE -蒼きクレド- 第5話「海浜幕張の夜」

木崎伸也 協力:F
舞台は2038年。11月開催のインド・ワールドカップに向けて、日本代表は監督と選手たちの間に溝が生じていた。
日本代表の最大の弱点とは何か?
新世代と旧世代が力を合わせ、衝突の中から真の「ジパングウェイ」を見いだす。
木崎伸也によるサッカー日本代表のフィクション小説。イラストは人気サッカー漫画『GIANT KILLING』のツジトモが描き下ろし。
 冷たいシャワーには、副交感神経を優位にするリラックス効果がある。
 玉城迅は日本代表が用意したホテルでシャワーを浴び、練習で昂った気持ちを落ち着かせた。
 加藤慈英の動物的な飢え、松森レオのイングランド流の激しさ。種類こそ異なるが、2人はストライカーとしての闘争本能を燃えたぎらせていた。
 両足のスネを見ると、青あざだらけになっている。
「やつらとやるときはスネ当ては必須だな……」
 日本代表の自主練初日、玉城は21歳の慈英と17歳のレオと激しい1対1を繰り広げた。かたやスペインのセルタの準エースで、かたやマンチェスター・ユニティの次期エースである。
 玉城自身もパリSCのユースで練習生として2年半プレーし、ヨーロッパの激しさには慣れているつもりだったが、あくまでそれはアマチュアの世界だ。日本代表は強度も汚さも別次元だった。
 玉城が髪をドライヤーで乾かしているとき、ドアをノックする音が聞こえた。
「アー・ユー・ハングリー? ディナーに行かない?」
 ドアを開けると、パーカーに短パンというラフな姿のレオが立っていた。さすがイングランド育ち。会ったばかりなのに親友のような距離感で接してくる。
「タマちゃん、焼肉おごるよ。ボクのサラリー、1ミリオン超えてるから気にしないで」
 今日の練習の途中から、レオは玉城のことを「タマちゃん」と呼び始めた。嫌いな呼ばれ方だが、許せてしまう人懐っこさがレオにはある。
 玉城は高額の年俸に反応した。
「1ミリオンポンドって1億円以上だろ!? 遠慮なくゴチになるわ。で、2人で行くの?」
「ジェイも誘ってる」
「マジか! それ先言ってよ!」

【(C)ツジトモ】

 日本代表のホテルから、徒歩で近くのショッピングモールに向かった。レオが191センチ、慈英が186センチ、玉城が180センチ。大学のバスケ部かバレー部に間違われそうだ。
 玉城がすれちがう若者たちの顔を見て言った。
「ワールドカップ(W杯)まであと半年なのに、誰にも気づかれないんだな。俺は大学生だから当然っちゃ当然だけど」
 慈英が「ちっ」と舌打ちする。
「代表人気が落ちてんだよ。前回のW杯のあとに上原丈一世代が軒並みいなくなって、代表の顔がなくなった。うちらのせいじゃねーよ。で、なんでおまえがいるの?」
 玉城がレオを指さす。
「誘ったレオに聞けよ。まあ、ちやほやされたいわけじゃないけど、こんなに気づかれないのも寂しいもんだな」
 レオが遠くをまっすぐに見つめて言った。
「ボクらで変えればいいじゃん。W杯で優勝して、日本での代表ブランドをネーションしようぜ」
 玉城は「ホントに17かよ……」とレオの自信に驚きつつ、同時に疑問が浮かんだ。
「レオって、なぜイングランド代表ではなく日本代表を選んだの? W杯優勝ならイングランド代表の方が確率高いだろ」
 レオが眉毛を八の字にして肩をすくめる。
「ロングストーリーだから、おいおいね。さっ、着いた。ミートフェス、スタート!」

【(C)ツジトモ】

 玉城とレオが横に並び、その前に慈英が一人で座るという配置になった。代表経験者の慈英を立てた形だ。
 レオが「肉奉行」を名乗り出てトングを器用に扱い、タンを網の上に並べていった。
「マンチェスターにもジャパニーズスタイルの焼肉屋があって、パパに焼き方を教えられてね。ジェイ、待て。勝手に裏返すな」
 慈英は無視し、ハシを使ってタンを2枚すくいあげた。
「俺は好きなタイミングで食べるぜ」
「ノー・ウェイ。あと30秒でパーフェクトな状態だったのに! ジェイって周りを見ずにシュートを打つタイプでしょ」
「それ、何が悪いの?」
 玉城は烏龍茶を吹き出しそうになった。
「ハハ、ストライカーが2人そろうとカオスだわ」
 レオが玉城にタンを取り分けながらうなずく。
「うちはパパもストライカーだったから、毎日カオスだったよ」
 レオの父・松森虎は元日本代表で、イングランドリーグの得点王になったこともあるレジェンドだ。タイガーと呼ばれ、まさに虎のような獰猛なプレースタイルだった。
 玉城もタンを口に放り込んだ。
「うん、うまい。ショッピングモールにしてはいい値段すると思ったけど、これなら納得だわ」
 レオが「アイ・ノウ!」とあいづちを打ち、特上ロースを網にのせた。
「パパと来たことがあってね。ファミリーにとって思い出の味さ」
「いいねえ、坊ちゃんは高級店に詳しくて」
 慈英は嫌味をつぶやいたものの、機嫌は悪くない。やはりおいしい食べ物の力は偉大だ。慈英はロースを白米の上にのせてかぶりついた。そして烏龍茶のジョッキを一気にあおる。慈英は相当アルコールに強いそうだが、シーズン中は一切飲まないらしい。
 慈英が追加のドリンクを注文するために手をあげると、ちょうど調理服を着た人物がテーブルに近づいてきた。
 レオが反応する。
「おー、マスター、久しぶり」
「今日はご来店ありがとうございます。虎さんは元気ですか? これは当店からのささやかなサービスです。希少部位のシャトーブリアンですよ」
 慈英が真っ先に反応した。
「うぉぉ、ラッキー!」
 レオが丁寧にお礼を伝えた。
「メニー・サンクス。またいつかパパと来れたらいいな」
 マスターが深々とおじぎする。
「今、日本代表はネットで批判されてますけど、半年後のW杯までにきっと復活すると信じてます。ではゆっくりお食事をお楽しみください」
 他の店員が追加で頼んだ烏龍茶を持ってくると、マスターは厨房に戻っていった。
 シャトーブリアンは見るからに分厚く、焼くのに時間がかかりそうだ。レオが弱火にして網の端の方にのせた。
「ギブ・ミーア・ミニット。ちょい時間かかるね。話でもして待とうか」
 慈英が珍しく素直に同意する。
「仕方ないな。高級肉のためならいくらでも待つぜ」
 網の中の火を囲んで沈黙が訪れた。ときおり脂が落ちてジュッと音を立てる。
 キャンプファイアーには緊張をほぐす効果があるらしい。
 焼肉の火にも似た効果があるのだろう。
 玉城はずっと訊きたかったが、訊きづらかった質問を切り出した。
「さっきマスターが『日本代表は批判されている』って言ってたじゃん。確かに俺もそういう記事をネットでたくさん見てきた。ジェイ、秋山監督と選手があまりうまくいってないってホントなのか?」

1/2ページ

著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント