[連載小説]I’m BLUE -蒼きクレド- 第2話「大学生・玉城迅」
日本代表の最大の弱点とは何か?
新世代と旧世代が力を合わせ、衝突の中から真の「ジパングウェイ」を見いだす。
木崎伸也によるサッカー日本代表のフィクション小説。イラストは人気サッカー漫画『GIANT KILLING』のツジトモが描き下ろし。
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【(C)ツジトモ】
FWがポストプレーで1度ボールを落とし、サイドから上げられたクロスに対して全速力で走って合わせるというものだ。
守備者はDF4人。いかに相手の裏をかくかが鍵で、イングランドリーグの得点王として長年君臨したアーリン・ハーラントの動き出しから、インスパイアされたメニューだ。
コーチがFWたちに向かって声を張り上げた。
「シュートを外すごとにグラウンド1周なー! 集中してけよー」
「また罰走っすかぁ!? うちってどんだけ時代遅れなのよ」
先輩たちから不満がもれる中、大学1年の玉城迅は心の中で「むしろ逆でしょ」と反論した。
「プロの試合でシュートを外したら、ボロクソに批判される。クビにもなる。これ以上の罰はない。練習でペナルティを用意するのってめちゃくちゃロジカル。罰走大歓迎でしょ」
ただし、強気な自分を演じながらも、玉城はそわそわしている自分も自覚していた。
報道陣は来ていないか。
今日はあの発表日なのだ。
玉城の「思考」が変わった分岐点は、高1の夏の大ケガだった。
柔らかいタッチのドリブルが武器のウインガーだったが、U16日本代表の練習試合で右膝十字靭帯を断裂し、約1年の離脱を余儀なくされてしまう。
玉城はサッカーをやめようとも考えたが、すべてを俯瞰するチャンスだと考えた。中学生のときに参加したサッカーキャンプに、元日本代表監督のフランク・ノイマンが訪れ、プレーを褒められたことがあった。どうすれば偶然を必然に変えられるかを教えてくれた。彼からサッカーを学びたい。わずかな希望にかけて「フェイスフック」でダイレクトメッセージを送った。
フランク・ノイマン様
数年前にサッカーキャンプであなたにプレーを褒められた玉城迅です。あなたの言葉によって僕の進化はさらに速まりました。
僕は不幸にも全治1年のケガを負いました。でも僕はそれを幸福の時間に変えたい。リハビリ中でもサッカーの勉強はできます。
あなたは2030年W杯前に日本代表を立て直し、素晴らしいチームを創り出しました。日本代表はあなたの“息子”です。しかし今、あなたはパリSCを指揮しており、日本代表には関われません。
あなたの理論を授けてください。僕が代わりに日本代表の未来を変えます。
あなたの経験と理論を僕に投資してください。
2035年7月31日 玉城迅
返信はなかったものの、既読マークがついた。あえて日本語で送る作戦がうまくいったと思った。玉城は松葉杖をついてフランスに飛び、クラブハウスの駐車場でノイマンを直撃した。
「僕は上原丈一や小高有芯を超えます!」
幸運だったのは、ちょうどノイマンがバーチャルリアリティーの練習ソフトを開発しており、被験者を探していたことだ。サッカーキャンプ主催者のあとおしもあり、玉城は研修生として監督室への出入りを認められた。
当初はすべてのプレーに意味を求める思考に面を食らったが、「駆け引き」は小さな要素の足し算・かけ算でできあがっていることを知り、プレーを数学的にとらええられるようになった。パスミスやトラップミスも「カオス」として戦術に繰り込める。
「ノイマン理論」の習得に時間がかかり、結局パリで2年半過ごしたが、帰国して有明臨海大学に入学すると、周囲の幾何学配置を変えられるウインガーとしてすぐに注目の存在になった。もちろん、あくまで大学サッカーレベルの話ではあるが――。
玉城はやはり集中を欠いていた。
メニュー「ハーラント」で3回もミスし、先輩FWたちと罰走するはめになった。息を切らしながら、自分の未熟さに気持ちが落ち込みかけた。
だが3周目のコーナーを曲がったとき、玉城はピッチサイドがざわざわし始めたことに気がつく。
人が集まり始めている?
ラフなシャツ姿に、手にノートやカメラ。報道陣だ!
罰走で早くなっていた鼓動がさらに激しくなる。気持ちの落ち込みなど一瞬で吹き飛んだ。すぐにニュースをチェックしたかったが、携帯電話は更衣室だ。
先輩FWが不思議そうに首を捻った。
「こんな記者が来るなんて、なんかあっただろ。監督が不倫でもやらかしたか?」
玉城は普段なら黙っているところだが、自分でも気がつかないうちに興奮していたのだろう。言わずにはいられなかった。
「センパイ、今日が何の日か知ってます?」
「なんの豆知識よ。そういうのやってないから」
「今日は日本代表の発表日なんですよ。6月の親善試合に向けたメンバーが発表されるんです。11月のインド・ワールドカップ(W杯)に向けて、スーパー重要です」
先輩FWは鼻で笑った。
「おいおい、まさかうちらから誰か選ばれたって言いたいの? ないない。秋山監督はうちらの大学名すら知ってるか怪しいところだぞ」
ムキになったつもりはないが、玉城の語気は自然に強まっていた。
「いや、絶対知ってます」
「なんでそう言い切れる?」
「……」
玉城は「ノイマンの弟子がいるからだ」と言いかけたが、唇を固く結んだ。
ノイマンから教えを受けたことは公にしない――それがノイマンとの約束である。恩師の名前に頼らず、自分で道を切り開けというメッセージだろう。ただ、パリ滞在時代、ノイマンが秋山監督と連絡を取り合っているのを何度も目にした。秋山監督ほど近い存在なら、きっと日本人研修生の存在を聞いているはずである。玉城はそう信じていた。
「おい、そこまで言い切ってダンマリかよ」
先輩がイライラし始めたとき、突然ピッチにコーチの声が響き渡った。
「玉城、今すぐこっちに来い! 代表について話がある!」
コーチを見ると、記者たちに嬉しそうに会釈している。
やはり招集された!?
玉城は早る気持ちを抑えて深呼吸し、ゆっくりとした足取りでコーチのもとへ向かった。