連載小説:I’m BLUE -蒼きクレド-

[連載小説]I’m BLUE -蒼きクレド- 第1話「CL優勝の夜」

木崎伸也 協力:F

【(C)ツジトモ】

 試合が終わると、すぐにラウンジは選手の家族やスポンサーの関係者でごった返した。着替えをすませた選手が姿を表すと、即席の撮影会が始まる。
 秋山は一番奥のスペースから入口を見つめた。
 ゴビ、ペドリー、アンソ・ファティに続き、アフロヘアが人混みの中をふわふわと漂いながら移動してきた。一層大きなフラッシュがたかれる。
 有芯は秋山を見つけると、一直線に走って飛びついてきた。。
「アッキー! 久しぶり!」
「相変わらずのエネルギーだな」
 有芯は手を両肩に置いたまま、まじまじと秋山の顔を見る。
「やっぱ代表監督になると、なんか貫禄出るね〜! ストレスで白髪できたりしてない?」
「できてねーよ。小僧だったお前も、ついにバロンデール候補か。優勝おめでとう」
「ま、8年もかかっちゃったけどね」
 こうやって話している間にも、次々と写真撮影の申し込みが入る。優勝の立役者なのだから当然だ。
 秋山はコンパニオンからシャンパンを受け取って、有芯に差し出した。
「乾杯しよう」
 有芯は首を横に振る。
「まだ1度も飲んだことなくて」
「今日こそ、ファーストデーにふさわしいんじゃない?」
「ううん。まだ何も成し遂げてないからさ。やりたいことが山のようにある」
 未来の話をするチャンスだ。
 秋山は本題に切り込んだ。
「8年前、ユーシンはチャンピオンカップで優勝するまで代表を辞退すると言ったな。そして今日、その目標を達成した」
 今度は秋山が有芯の両肩に手を乗せた。
「明日、日本代表の発表がある。俺はお前を招集するつもりだ。代表に戻ってくれるな?」
 有芯が大きくうなずく。
「どうぞ、どうぞ」
 秋山が歓喜の雄叫びをあげようとした瞬間、この日の英雄は待ったをかけた。
「呼ぶのは監督の自由。でもボクは呼ばれても行かないよ」
「……なぜ?」
 秋山が唖然としていると、有芯は手でゲームのコントローラーを握る手つきをした。
「またeスポーツをやってみたくなってさー。だからアッキー、ゴメン。時間がなくて!」
 秋山は思い出した。有芯は12歳で国内のeスポーツ大会で優勝した過去があることを。
「意味がわからない。それはW杯より重要なのか?」
 有芯は目を見開き、秋山の体を包み込むように言った。
「だって今の代表、誰も青のユニフォームを着てないじゃん」
「どういう……意味だ?」
 秋山が言葉を続けられずにいると、バルサのスーツを着た広報らしきスタッフが近づき、有芯に耳打ちした。
「取材があるみたいだから、また!」
「ちょっと待て、まだ話が……」
 再びフラッシュが瞬き、アフロヘアが遠ざかっていく。
 交渉失敗――。
 99%勝てると思った勝負に、秋山は敗れてしまった。
 口の中に残るエスプレッソの渋みが、地獄の苦さに感じてきた。

 だが、代表発表は明日なのだ。落ち込んでいる場合ではない。
 秋山はスマートフォンのメッセンジャーアプリを立ち上げ、「Frank Neuman」の欄をタップする。
 フランク・ノイマン――。2030年W杯直前に交通事故にあったオラルに代わって臨時監督になり、本大会でヘッドコーチを務めた恩師だ。
 1週間前、ノイマンからこんなメッセージを受け取っていた。

I recommend Jin Tamashiro (Ariake-Rinkai University). He is my “Schuler”. If Yushin refuses, he could change Japanese national team instead.
(私は有明臨海大学の玉城迅を推薦する。彼は私の“弟子”だ。もし有芯が拒否した場合、彼が代わりに日本代表を変えられるだろう)

 秋山は主務の勝吉進一に電話をかけた。
「カツさん、夜分遅くにすみません。プランBに変更します。ユーシンをカットし、玉城迅を日本代表招集メンバーに加えてください」
 自分の監督人生を、大学生に賭けることになるとは。
 秋山は口の中の渋みが、さらに苦く感じた。

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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載。

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