[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第25話 選手と監督のあるべき距離感

木崎f伸也
サッカー日本代表のフィクション小説『I'm BLUE(アイム・ブルー)』の続編が決定!
これを記念して、4年前にスポーツナビアプリ限定で配信された前作をWEB版でも全話公開いたします(毎日1話ずつ公開予定)。

木崎f伸也、初のフィクション小説。
イラストは人気サッカー漫画『GIANT KILLING』のツジトモが描き下ろし。
 バートラガーツの温泉スパの屋内には、プールとジャグジーがある。水温は人肌と同じ36.5度に保たれており、長時間入っていてものぼせない。微炭酸で、じっとしていると気泡が肌にまとわりついた。

 午後9時、キャプテンの上原丈一はジャグジーの段差に座って気泡を見つめながら、チームメートが集まるのを待っていた。

 今、日本代表は分裂の危機にある。そこで丈一は仲間たちに、選手ミーティングを呼びかけた。開放的な場所がいいと思い、あえてジャグジーを選んだ。10×10メートルという大きさで、23人が十分に入ることができる。

 時間になると仲間たちが、白いタオル地のガウンをはおってやってきた。ガウンを脱いで水着だけになり、空いているところに順番に座っていく。

 最後にやってきたのは松森虎と今関隆史だった。これまで松森は1度も選手ミーティングに参加したことがなかったため、今関に呼びにいかせたのだ。丈一から見て、正面の位置に松森が座った。左に高木陽介、右に秋山大がいる。有芯だけがジャグジーに入らず、床に体育座りをしていた。

「全員そろったな。始めよう」

 丈一はトランクス型の水着のポケットに両手を入れ、ジャグジーの階段の上段に立った。無駄な筋肉をつけないようにしているため、胸板も腹筋も控えめで細身だ。

【(C)ツジトモ】

「今日何があったか、すでに聞いていると思う。タイガーから『一緒に戦場に行けない』と言われてしまった。俺も自分に置き換えて、どんな人になら命を預けられるんだろう、って考えてみた」

 みんなにも考えてほしいと思い、丈一はあえて間を置いた。ジャグジーの泡の音だけが響き渡る。

「サッカーの試合もそうだけどさ、戦いって不測の事態の連続だよな。予測が外れたり、相手のラッキーパンチが当たったり、アクシデントが起きたり。動揺することばかりだ。それでも空気に流されず、敵に操られず、勝機を探し続ける、そんなやつがいたら心強いよな」

 丈一は階段を一段だけ降りて続けた。

「一言で言えば、どんな状況でも思考停止にならないやつ。誰にも踊らされない。タイガーが求めるのは、そんな人物じゃないだろうか」

 丈一が松森に目を合わせ、どうだと念を送った。すると松森は両腕を組んだまま立ち上がり、上半身を水面に露出させた。丈一の体とは違い、胸板と腹筋が荒々しく盛り上がっている。

 松森は野太い声を出した。

「そこまで気がついたなら聞こう。今、おまえたちは誰かに踊らされていないか?」

「ノイマ……」

 丈一はある人物の名を言いかけたが、途中で息を大きく吸って言葉を発するのを止めた。自分が答えるべきではない、と瞬間的に思ったのだ。すべて一人で進めてはいけない気がした。

 躊躇(ちゅうちょ)によって生まれた空白が、仲間の自主性を促した。

「あのー、間違っているかもしれないんですが、気づいたことを言ってもいいでしょうか?」

 LAギャングスでプレーするセンターバック、望月秀喜が控えめに手をあげていた。秋山と同じ2028年五輪のメンバーだ。

「僕たち、ノイマン監督が来てから、普段とは違うポジションで起用されたり、バックパス禁止といったクレイジーなルールを課されたり、新しい出来事にずっと振り回されていると思うんです。いまだにどんなサッカーをやりたいかが分からず、それで選手同士でもめてしまっている。これって、ノイマン監督に踊らされていないでしょうか?」

 望月が話し終わると同時に、今関が「モッチー、いいこと言った」と反応してジャグジーの真ん中へ進み出た。

「俺たち、監督に振り回されすぎだろ。次から次に訳の分からない要求をされて、ナメられたくないから必死にやってたけど、おかしいものはおかしいって言わないと。そうじゃなきゃ、試合で嫌な流れが起きたときに、跳ね返すことなんてできねえ」

 高木が珍しく今関に同意する。

「踊らされてるつもりはなかったけど、確かに新監督をリスペクトしすぎて、考えのスケールが縮こまっていたかも」

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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始

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