[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第25話 選手と監督のあるべき距離感

木崎f伸也
 大人しくしていた有芯が「整ってきた!」と言って拍手し始めた。

「最近、みんな愚痴ばっかだったもんね。タイガーさんは不満を探すんではなく、課題を探せって言いたいんでしょ。不満と課題は違う。たまには僕もまともなことを言うでしょ?」

 有芯はそう言い終わると、ジャグジーの縁を走って、前方宙返りで水の中へ飛び込んだ。激しい水しぶきにチームメートが顔を歪め、近くいた今関の髪がずぶ濡れになった。次の瞬間、場は大きな笑いに包まれた。

 松森は仁王立ちのまま少しも動じず、浮き上がってきた有芯の頭をなでた。

「ユーシン、なかなかやるな」

 水が滴るアフロヘアが、松森の大きな手によってさらにぐしゃぐしゃになった。どうやら褒めているらしい。松森が急にじょう舌になった。

「人生で最悪なことは何か? 誰かに踊らされてることに気づかないことだ。それに気づかないから、どうでもいいことに右往左往したり、人のせいにしたりする。そんなやつらと一緒に戦場に行ったら、間違いなく死ぬ。俺はW杯で死んでもいいと思っている。だが、ムダ死には嫌だ。おまえたちはこのまま監督に踊らされ続けるのか?」

 丈一は松森の目をじっと見つめた。目つきが相変わらず鋭いが、少しだけ穏やかになった気がする。あえて言葉で伝えなくても、互いの気持ちはつながった、丈一はそう判断した。

【(C)ツジトモ】

 あとは自分が監督に対して行動を起こすだけだ。丈一は体の向きを変え、ジャグジーの縁に足をかけて言った。

「ちょっとやりたいことがあるから、先に戻るわ。みんなも適当なところで解散しておいて」

 今関が「え、どこ行くの?」と追おうとしたが、丈一は右手を下に振って、ついてくるなというジェスチャーを送った。

 1人で壁際に置いてあったガウンを拾い上げ、ポケットからスマートフォンを取り出した。メッセンジャーアプリを立ち上げ、素早く文章を打ち込む。

「キツネちゃん、夜遅くにごめん。これから監督に会えるかな?」

 監督のパーソナルアシスタントのユリア・フックスにメッセージを送信した。さすがに水着姿ではまずいだろう。返信が届く前に着替えなければならない。丈一はガウンを羽織って、エレベーターへ向かって駆け出した。

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第1章 崩壊――監督と選手の間で起こったこと
第2章 予兆――新監督がもたらした違和感
第3章 分離――チーム内のヒエラルキーがもたらしたもの
第4章 鳴動――チームが壊れるとき
第5章 結束――もう一度、青く
第6章 革新――すべてを、青く

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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始

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