[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第23話 交差するそれぞれの正義

木崎f伸也
サッカー日本代表のフィクション小説『I'm BLUE(アイム・ブルー)』の続編が決定!
これを記念して、4年前にスポーツナビアプリ限定で配信された前作をWEB版でも全話公開いたします(毎日1話ずつ公開予定)。

木崎f伸也、初のフィクション小説。
イラストは人気サッカー漫画『GIANT KILLING』のツジトモが描き下ろし。

【(C)ツジトモ】

 アルプス山脈を仰ぐ練習場で、日本代表とSCサンクト・ガレンU-19の練習試合が始まった。30分×2本の変則マッチで、非公開のためサポーターの姿はない。

 開始前、ノイマン監督から選手たちに2つの指示が出されていた。

 1つ目は「バックパス禁止」。相手陣内におけるポストプレーに限って、後ろ方向へのパスの許可が出たが、それ以外のバックパスはすべて禁止だ。

 2つ目は「ロングボール禁止」。壮行試合のチリ戦ではロングボールを蹴って、そこにプレスをかける指示が出ていたが、「今日の目的はビルドアップにあるので、ロングボールを蹴ってはいけない」ということだった。

 19歳が相手とはいえ、日本にとって貴重なテストの場だ。1本目のメンバーはチリ戦の先発と同じ。9番の上原丈一と10番の今関隆史が左右のサイドバックにいて、本来トップ下の小高有芯がアンカーに入るという奇抜なシステムだ。

【(C)ツジトモ】

 キックオフから数分も経たないうちに、3バックの中央にいる秋山大の怒鳴り声が飛んだ。芝に集まっていた鳩が一斉に飛び立つほどの音量だった。

「おい、ゼキ! 外側にいるだけじゃなく、内側にも入ってパスコースを作れ!」

 チリ戦後の選手ミーティング以来、下の世代の選手から声がよく出るようになった。特に25歳の秋山は優等生キャラが嘘かのように、遠慮しなくなった。

 だが、裏を返せば、摩擦が生まれやすくなったとも言える。「バックパス禁止」というありえない制限が、さらにそれを強めた。

 今関は不満げに言い返した。

「アッキーの方こそパスのタイミングを早めろ! パスが遅いと相手に詰められて、プレーの選択肢がなくなる!」

 ただ、ビルドアップという点に関して言えば、後方に技術のある選手が多くいるのは理にかなっていた。丈一、有芯、今関がDFラインからパスを引き出し、前に展開しようと試みる。

 前半10分、秋山が有芯に縦パスを当てると、有芯がくるっと反転して左斜めにドリブルし、前に走った丈一にパスを出した。そこから丈一が右斜めにドリブルで切れ込んで、対角線から走り込んだ今関が決めた。

 斜めの動きが交わり合い、これぞ「ポゼッション」の進化系、「プログレッション」(前進)という得点だ。

「確かにこれ、はまると気持ちいいかも」

 今関が丈一にハイタッチしながら言った。

 しかし、どんな戦術にも言えることだが、極端な方針は網の目が粗く、穴が多い。どうしても成功数よりも、失敗数が上回ってしまう。バックパス禁止が足かせになり、丈一や今関のようなテクニシャンも19歳の選手からボールを奪われ続けた。

「Bist du ein echt Juventes Spieler?」(おまえ本当にユベンテスの選手?)

 丈一はドイツ語を話せないが、バカにされていることははっきりと分かった。

 日本は低い位置でボールロストを繰り返し、ショートカウンターを食らい続け、普段では考えられないほど無抵抗にゴール前に迫られてしまう。1本目が終わったときには2対8という散々なスコアになっていた。もはやサッカーではない。

「体は疲れてねーんだけど、すっごい辱めを受けた感じ」

 今関はベンチに座ると、水のペットボトルを芝生の上に投げ捨てた。

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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始

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