[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第19話 四面楚歌の選手ミーティング
これを記念して、4年前にスポーツナビアプリ限定で配信された前作をWEB版でも全話公開いたします(毎日1話ずつ公開予定)。
木崎f伸也、初のフィクション小説。
イラストは人気サッカー漫画『GIANT KILLING』のツジトモが描き下ろし。
※リンク先は外部サイトの場合があります
代表でフロアを貸し切り、その中の1つの部屋からベッドを片付け、ソファをずらりと並べる。即席の部室のような感じだ。
丈一はコーチから借りた戦術用の小さなホワイトボードを脇に抱え、リラックスルームへ向かった。廊下を歩きながら、最初に誰に話を振るかを考える。場を荒らさないためには、意見が偏っていないマルシオやグーチャンあたりがいいだろう。とにかくギスギスした雰囲気にしないのが大事だ。
ドアノブを引いてリラックスルームに入ると、丈一は小さな違和感を覚えた。まだ集合時間の0時半前まで数分あるのに、ほぼ全員そろっている。さらにみんなの表情が険しい。空気が重く、思い違いかもしれないが照明まで暗く感じる。
丈一がテレビ台の前に立つと、今関隆史が「お、みんな早いな」と言って部屋に入ってきた。これで出席者は全員そろった。
計10人。先発組から1人足りないのは、FWの松森虎が参加を断ったからだ。マンチェスタ・ユニティのエースは、点を取ること以外に関心がなく、選手ミーティングに参加したことがない。
出席者を世代別に分けると、2024年五輪世代は丈一、高木陽介、今関の3人、2028年五輪世代は秋山大、望月秀喜、マルシオ、グーチャンの4人、それより若い世代がクルーガー龍、水島海、小高有芯の3人というメンツだ。
【(C)ツジトモ】
【(C)ツジトモ】
丈一が「誰から聞こうかな……」と見渡したとき、突然、高木が「ちょっといいか」と立ち上がった。
「ジョー、おまえが来る前に、みんなで今日の試合について少し話してたんだ。たまには俺が仕切ってもいいかな?」
すでにみんなで話していた? 自分だけ仲間外れにされたのだろうか? もしそうなら気分のいいことではない。それに高木は普段、進行役をやるタイプではなく、こんなことを言い出したのは初めてのことだ。
丈一は不可解に思いつつも、「もちろん」と進行を譲り、テレビ台の横の壁にもたれかかった。代わりに高木がみんなの前に立つ。
「じゃあ、まずはGKの視点を聞こうかな。クルーガーは初先発だったわけだけど、どう感じた?」
高木が21歳のGKを見ると、クルーガーは組んでいた長い足をほどき、手を膝の前で組んで答えた。やはり表情が険しい。
「初キャップなので偉そうなことは言えへんし、批判するつもりはないんやけど、こんなにも代表ってバラバラなんかって思いました。正直、戦術うんぬんの問題ではない。それ以前の問題があるんかなって思ってます」
突然の批判に丈一は驚き、壁から体を起こした。チームがバラバラ? 戦術以前の問題? 今すぐに問い詰めたい衝動にかられたが、進行役は高木に託している。丈一は我慢した。
次に高木は「DFはどう感じた?」と言って、20歳の水島を見た。水島は迷うとなく、「僕もクルーガーと同意見です」と言い切った。
「前半はやりづらかったですね。ただ後半は、やりづらさがなくなって、チームに一体感を感じました」
前半と後半の違い――。丈一の頭にぱっと浮かんだのは、後半はいつもの4バックに戻ったこと、そして自分、高木、今関がハーフタイムに交代したことだ。ただ、丈一はゴール裏でクールダウンをしていたため、後半をほとんど見ていなかった。意見しようがない。
18歳の有芯が、まさにそこを突いてきた。突然立ち上がり、進行役の高木に向かって言った。
「はーい、ちょっといいですか? ギーさん、ジョーさん、ゼッキーの3人はハーフタイムに交代して、後半は出てないじゃないですか。だからクルーガーとミズシの感覚、分かんないと思うんですよ」
高木が素直にうなずいた。
「まあ確かにな。後半はずっとクールダウンをして、試合も見てない」
「でしょ、でしょ。ってことで、ここからは僕に仕切らせてください」
有芯の呼びかけで、高木は「分かったよ」と再びソファに座った。
おかしい――いつも反発ばかりしている高木が、こうも簡単に引き下がるとは。物わかりがよすぎる。それでも丈一は流れるような展開についていけず、何も言い出せなかった。
「じゃあ、誰に聞こうかなあ」と有芯は部屋を見渡すと、「マルシオはそもそもこのチームをどう感じてる?」とサンパウロ出身の日系4世を指名した。マルシオは15歳のときにスカウトされ、千葉県の高校に入学した国外組だ。
「悪口を言うわけじゃないヨ。このチームにはオブリガードが足りない」
オブリガードとはポルトガル語で「ありがとう」の意味だ。日本代表には感謝の気持ちが足りない? 無口で普段ほとんど不満を言わないマルシオが、そんな本音を抱えていたことに丈一はショックを受けた。
新たな進行役となった有芯は、転がり始めた集団心理を止めるつもりはないらしい。マルシオにさらに質問を振った。
「マルシオ、今このチームって言ったけど、本当は一部の人のことを言ってるんじゃないの? だって、マルシオ、グーチャン、クルーガーの3人でいるときは、いつもサンキューを言い合ってるじゃん。11人になると急に日本的な縦社会を感じて、オブリガードが足りないって思うわけでしょ」
「言いたくないネ」
マルシオは黙った。丈一は“日本的な縦社会”という言い回しが妙に引っかかった。