[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第19話 四面楚歌の選手ミーティング

木崎f伸也
 有芯は止まらない。すぐに次の選手にパスを出した。

「そうそう、うちら代表の映像を見返して、あることに気づいたんですよ。ミズシ解説して」

 ドイツで生まれ育った水島に、忖度(そんたく)の感覚はない。冷静に解説し始めた。

「チリ戦後、なぜ前半にやりづらかったのかを理解したくて、僕、ユーシン、クルーガーの3人で過去の代表の映像を見返しました。短い時間でしたが、あることに気がついたんです」

 水島が丈一の方を見た。

「ボールをロストしたときに、ジョーさんは自分で追わないことが他の選手に比べてすごく多かった。後ろの選手にすごく負担をかけている。マルシオが感謝が足りないというのは、そういうピッチ上での振る舞いを言っているのだと思います」

「おいおい、それは話が飛躍しすぎだろ」

 今関が割って入ったが、議論になる前にマルシオが決着をつけた。

「ジョーさん、ゴメン。ミズシが言う通り。ジョーさんにはオブリガードが足りないと思ってたヨ」

 ゴールを取る、それこそが最もチームを助ける行為だと丈一は考えていた。だからボールを失っても、体力の温存を優先することがあった。決して楽をしたいのではなく、あくまでチームのためだと信じていた。しかし、チームメートはそう受け取っていなかった。

【(C)ツジトモ】

 常に自分はピッチという戦場で、敵に向かって矢を放ってきたつもりだった。しかし今、自分の身内から矢が放たれ、背中に突き刺さろうとしている。丈一は怒りより先に、寂しさを覚えた。

 再び高木が立ち上がった。

「ジョー、俺もな、今日は新戦術の可否について話すべきだと思ってたんだ。でもな、さっきみんなと少し話して、その前に解決すべき問題があったことに気づかされた。ジョー、おまえは自由にプレーしすぎているかもしれない。もっとチームのことを考えてプレーした方がいい」

 集団心理に押しつぶされそうになり、丈一はテレビに手をかけて体を支えた。それでもチームメートは攻撃の手を緩めようとしない。

 今度は有芯が、「アッキーさんも同意見じゃないですか?」と25歳の秋山を指名した。

 秋山はしばらく黙っていたが、周囲が答えを求めていることを察知して観念したらしい。丈一の方を見て、言葉を選んでゆっくりと話した。

「ピッチでも、選手ミーティングでも、ジョーさんはいつも攻撃陣の目線なんだと思います。それが守備陣の不満につながっているのかなと。でも、W杯では先制されたらかなりきついですよね? 失点しないために、もっと守備陣の考えも聞いた方がいいかもしれません」

 まさか秋山まで――。丈一は自分が孤立していることを察した。

 有芯が丸い目を鋭くして言った。

「ジョーさん、W杯前にキャプテンをやめません?」

 突然の辞任勧告に場が静まり返った。厳しい意見を言っていた高木でさえ驚いている。

 もともとキャプテンをやりたかったわけではない。自分でもうまくできていないことは分かっていた。それでも面と向かって、キャプテン失格を宣告されるのは傷つく。

 決して自分勝手にやっていたのではなく、チームのためにやっているつもりだったと反論したい気持ちもあった。だが、言い訳ほど格好の悪いことはない。築いてきたプライドが、ぎりぎりのところで踏みとどまらせた。

「オーケー。みんなの気持ちは分かった。ただ、キャプテンのことは、すぐには答えを出せない。今日は部屋に戻って、じっくり考えさせてくれ」

 リラックスルームに入ったときに抱いた違和感は、これだったのか――。丈一はようやく自分の直感が捉えたものの正体を理解した。

 部屋全体が自分への不満で充満しているような気がしてきた。体にまとわりつく空気を払うようにドアまで進み、ドアノブを引いてようやく外に脱出した。

 丈一は気軽に選手ミーティングを開催したことを、心から後悔した。

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第1章 崩壊――監督と選手の間で起こったこと
第2章 予兆――新監督がもたらした違和感
第3章 分離――チーム内のヒエラルキーがもたらしたもの
第4章 鳴動――チームが壊れるとき
第5章 結束――もう一度、青く
第6章 革新――すべてを、青く

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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始

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