[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第18話 見過ごされてきた「丈一問題」

木崎f伸也
サッカー日本代表のフィクション小説『I'm BLUE(アイム・ブルー)』の続編が決定!
これを記念して、4年前にスポーツナビアプリ限定で配信された前作をWEB版でも全話公開いたします(毎日1話ずつ公開予定)。

木崎f伸也、初のフィクション小説。
イラストは人気サッカー漫画『GIANT KILLING』のツジトモが描き下ろし。
 29歳の高木陽介は、30分後に始まる選手ミーティングに向けて、自分は何を話すべきかを考えていた。ホテルの部屋の洗面所で歯を磨きながら、乱れた髪を直しつつ、頭の中を整理した。


 高木は日本からドイツのRVライプツィヒへ移籍し、そこからイングランドの名門・リゴプールへと駆け上がった「パワーフットボール」の申し子だ。両クラブとも激しいプレスと縦に速い攻撃を哲学にしており、高木は体の強さと運動量という武器を生かしてきた。

【(C)ツジトモ】

 3年前にドイツ人のメーメット・オラルが日本代表監督に就任したとき、「ついに代表でパワーフットボールができる」と胸が高鳴った。だがフタを開けると、オラルはビジョンを示すだけで、そのメカニズムを細かく説明したり、練習に落とし込むノウハウをほとんど持っていなかった。

 ビジョンを言うだけなら、子供にもできる。オラルのサッカーは、絵に描いた餅だった。

 一方、他の選手がどう感じているか分からないが、新監督のフランク・ノイマンの練習には細かな狙いが満ちている。たとえばノイマンが連日やっている「8人の攻撃を4人だけで守る」練習は、リゴプールでクロッポ監督がよくやる練習だ。今度こそ代表でパワーフットボールをできる手応えがある。せっかく選手ミーティングをやるなら、自分の感覚をみんなに共有したい。


 歯磨きを終え、口をゆすいでいると、ドアをノックする音が聞こえた。穴をのぞくと、18歳の有芯が1人で立っている。

「ギーさんにちょっと相談したいことがありまして」

 高木は他の選手から「ヨースケ」と呼ばれていたが、なぜか有芯だけからは「ギーさん」と呼ばれている。

「11歳下から相談を受けたら断れないな。選手ミーティングまで時間がないけど、手短にならいいぜ」

 有芯を1人掛けのソファに座らせ、高木はベッドの上に腰を下ろした。部屋に若手が来るのは珍しい。緊張感を和らげようと、高木は携帯でクラッシック音楽を流した。

「ギーさん、今のチームの雰囲気ってどう思います?」

 高木はてっきり海外移籍のアドバイスや、代理人を紹介してほしいといった類いの相談だと思っていたため、いきなりの重い質問に苦笑いした。

「集まって1週間だから、こんなもんだろ。俺が18歳のときは、チームの雰囲気なんて気にしなかったけどな。逆にユーシンからはどう見えてる?」

「いきなり結論から言っちゃおうかな。このチームって、上と下の世代が分離しているように見えるんです」

 うわぁ、ヤベェやつを部屋に入れてしまった――高木は瞬間的に後悔したが、部屋から追い出すわけにもいかない。明るく振舞って、やり過ごそうと思った。

「分離って大げさな。仲は悪くないだろ。モメたわけでもないし。なんでそう思うんだよ」

「まあ、仲は悪くないと思いますよ。でも、本音を言えない雰囲気がありません? 今日のチリ戦の後半、僕、すごくやりやすかったんですね。クルーガーも水島も後半は一体感があったって言ってた。で、なんでかって考えたら、ハーフタイムに上の世代が交代してピッチを去っていたんだなって」

 ハーフタイムに交代したのは、キャプテンの上原丈一、今関隆史、そして高木の3人だ。高木はさすがにムッとして答えた。

「おいおい、俺、ジョー、ゼキの3人が交代したけど、俺らがいない方が、若手がのびのびプレーできるってことかよ」

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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始

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