[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第18話 見過ごされてきた「丈一問題」

木崎f伸也

【(C)ツジトモ】

 有芯は高木の質問を無視して、話題を変えた。

「質問を変えます。ボールを失ったとき、自分で取り返そうとしないのってダメですよね?」

「あったり前だろ。リゴプールだったら、すぐにメンバー外だ。ボールは汗水たらして稼いだ現金だと思えって教えられる。盗まれたら、すぐに奪い返せってね」

「そのサッカー界では当たり前のこと、はたして日本代表で成り立っているのかなあ。ギーさん、ここで質問です。今、僕が話した2つの話に当てはまるのって誰でしょう?」

 ハーフタイムに交代した3人の中で、ボールを取られても追わない選手……高木はリゴプールの選手として、ボールロスト後に鬼のようなダッシュをしている自信はあった。ただ、他の2人はどうか?

 高木は目を大きく見開いて固まった。

「言いたいのは、そういうことか。ジョーとゼキのことだな」

 有芯は前かがみになり、探偵風にあごに手をやった。

「半分正解で、半分不正解です。ゼッキーはそんなに世代の分離に影響してない。ゼッキーは愚痴ばっかり言ってるけど憎めない存在で、意外に若手から慕われている。問題はキャプテン。このチームはジョーさんの存在が大きすぎるんですよ。守備に戻らなくても、誰も注意できず、アンタッチャブルな存在になっている。それによって、年下の選手たちにブレーキがかかってしまっている。今の状態では、W杯で1勝もできないと思います」

「おまえ、はっきり言いすぎだ。今どきの18歳は、話をオブラートに包むってことを知らないな」

 高木は呆れつつも「で、何が言いたい?」と聞くと、有芯の目つきが険しくなった。

「このあとのミーティングで、僕がキャプテンを投票で選ぼうと提案します。ギーさん、そこでキャプテンに立候補してください」

「はああ? 何言ってんの?」

 高木は両手で頭を抱えた。自分は泥臭くハードワークするタイプで、キャプテンという柄ではない。

 すると有芯は突然、表情を崩し、声をあげて笑い出した。

「冗談ですよー! ギーさんはキャプテンタイプじゃないですもんね。ただ、このままだとジョーさんにとっても不幸なことになると思うんです。ギーさん、ジョーさんにガツンと言ってくださいよ」

「ガツンって?」

「そのガツンなんですけどね、名案を思いついちゃったんですよ」

 どうやら、すでに有芯の頭の中にはシナリオができているようだ。ソファから立ち上がってメモ用紙を手に取ると、選手ミーティングで高木にどう振る舞ってほしいのか書き始めた。「まずはクルーガーで、次はミズシに話を振ってください」。どうやら同世代の他の選手も一枚かんでいるらしい。

「このシナリオ通りにやってもらえれば、必ずガツンってなりますから」

「おまえ、選手より政治家が向いてんじゃない? まあいい。言いたいことは分かったよ。これから準備してみる」

 高木はそう言って有芯を部屋から追い出し、ドアが閉まったのを確認すると、大きくため息をついた。

 丈一問題――同じ29歳として、もちろん気付かなかったわけではない。


 高木と丈一が初めてA代表で一緒になったのは、2026年W杯の直前だった。高木は21歳で初招集されたのに対し、丈一はトルコリーグにいたこともあって選出が遅れたからだ。

 だが、丈一は2026年W杯でレギュラーの座をつかむと、2試合連続ゴールで日本のベスト16に貢献し、レアル・マデリードへ移籍したことで一気に日本代表の顔になった。レアルでは出場機会に恵まれず、わずか1年で去ることになったが、その悔しさをイタリアの名門ユベンテスで晴らしている。

 高木にとって丈一は大切な仲間であり、自分を追い抜かしたライバルでもあった。

 その負い目もあったからか、丈一の発言力が強まっても、ブレーキをかけようとは思わなかった。代表でモノを言うのは、結局は選手としてのパフォーマンスだ。クラブで上回る実績を出せば、おのずと丈一の上にいけると考えていた。

 それはチーム全体のことを考えない、視野の狭い自己満足だったのかもしれない。18歳からしたら、オジさん同士の意地の張り合いなんてどうでもいいのだ。過去の経緯なんて関係ない。おかしいものにおかしいと言わなければ、若手は失望する。

 丈一はショックを受けるかな――少しだけ同情しながら、高木は選手ミーティングの部屋へ向かった。

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代表チームのキーマンに食い込み、ディープな取材を続ける気鋭のジャーナリストが、フィクションだから描き出せた「勝敗を超えた真相」――。

【もくじ】
第1章 崩壊――監督と選手の間で起こったこと
第2章 予兆――新監督がもたらした違和感
第3章 分離――チーム内のヒエラルキーがもたらしたもの
第4章 鳴動――チームが壊れるとき
第5章 結束――もう一度、青く
第6章 革新――すべてを、青く

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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始

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