連載:憲剛と語る川崎フロンターレ

中村憲剛×小林悠×登里享平×大島僚太【前編】 歴史を伝える大切さ【憲剛と語る川崎フロンターレ04】

原田大輔

中村憲剛氏が練習場の麻生グラウンドを訪れ、久々にゆっくりと話をするということで、小林悠、登里享平、大島僚太のテンションも高く、笑顔の絶えない取材になった 【佐野美樹】

「One Four Kengo The Movie〜憲剛とフロンターレ 偶然を必然に変えた、18年の物語〜」の公開を記念して、川崎フロンターレで10年以上プレーしている小林悠、登里享平、大島僚太の3人と、中村憲剛氏にその歩みを振り返ってもらった。

 前編では、それぞれが加入したときの川崎フロンターレを取り巻く環境やJ1初優勝を達成した2017年の思い出と、気心の知れた4人のトークは多岐にわたった。

映画を見てあらためて泣いたあのシーン

旧知の仲である4人が集まり、過去の思い出に花を咲かせた。映画「One Four Kengo The Movie〜憲剛とフロンターレ 偶然を必然に変えた、18年の物語〜」を見た小林悠がいまだに泣けるシーンとは? 【佐野美樹】

――選手の3人は、公開中の映画「One Four Kengo The Movie〜憲剛とフロンターレ 偶然を必然に変えた、18年の物語〜」はご覧になりましたか?

登里享平(以下:登里) まだ見てないです。

小林悠(以下:小林) ウソつけ!(笑) 映画館まで見に行ったって言ってたじゃん! 

登里 ごめんなさい。ウソつきました(笑)。オフの日に映画館まで見に行きました。

小林 一緒に見に行こうって話していたんだけど、タイミングが合わなかったんだよね。

大島僚太(以下:大島) 僕は、映画館には足を運べていないのですが、見させてもらいました。

中村憲剛(以下:憲剛) 良かったー。僚太が見てくれたと聞いて、素直にうれしい(笑)。

大島 すごくいい映画でした。

登里 ホント、いい映画でしたよ。

中村 いや、みんなも映画には登場しているし、みんなの発言や存在がより感動的な作品にしてくれたと思うな。だって、悠が(2021年元日の)天皇杯決勝のあと、ピッチ上で抱き合ったときにあんなに泣いていたとは知らなかったから(笑)。

登里 確かにコバくん(小林)、めちゃめちゃ泣いてましたよね(笑)。僕、映画を見たあと、思いが込み上げてきて、思わず憲剛さんに電話しちゃいましたからね。

憲剛 そうそう。1時間くらい話したよね(笑)。

小林 長い!(笑)

登里 今回、映画として憲剛さんが描かれたこともそうですけど、憲剛さんのような人はなかなかいないですよね。見本や手本になる一方で、決してマネすることはできないとも思いました。映画は憲剛さん自身のことだけでなく、川崎フロンターレというクラブが取り組んできた地域貢献活動についても細かく伝えてくれていました。映画を見たら、なおさら、その思いを受け継いでいく覚悟や責任を感じて、自分自身が奮い立たされましたね。

憲剛 その宣言みたいな電話だったよね(笑)。

登里 だって映画を見て、すごいモチベーションが上がりましたから。

小林 分かる! モチベーション上がるよね。

登里 すでに自分自身で分かっていたことではありましたけど、映画を見てあらためて使命感が湧きました。

大島 僕が(11年に)加入したときの新人研修で、クラブの成り立ちや活動については聞いていたのですが、すでに試合ではかなりの観客が来てくれていました。だから、スタジアムにあまり観客が入っていない時期の映像を目の当たりにして、憲剛さんをはじめとする先輩たちが、今日まで取り組んできてくれた努力をもろに実感しました。

小林 分かる。それは自分も強く感じたわ。

大島 僕はいろいろなことができるタイプではないですけど、映画を見てあらためてやるべきこと、すべきことをしっかりやっていかなければいけないと感じましたね。

小林 僕も映画を見て、最初に感じたのは、今、僚太が言っていたことでした。僕がフロンターレに加入した(10年の)ときには、ある程度、知名度や認知度もあり、僕自身も強いチームというイメージを持っていました。だから、映画の中で中西哲生さんもおっしゃっていましたけど、ビールケースをひっくり返した上に選手が立って、クラブを知ってもらおうと活動していたという話は、あらためて驚きました。しかも、話を聞いていたのが2〜3人の子どもだけだったというのが、なおさら。

 サッカー選手ではなくとも、そんなことをやらされたら文句のひとつでも言いたくなるはず。でも、そこからフロンターレの歴史は始まっていて、それを憲剛さんが受け継いで引っ張ってきてくれた。当然、僕らも、という思いになりました。映画では、それにプラスして、(17年に)J1で初めて優勝するまでの軌跡も描かれていた。本当に道のりが長かったこともあって、あのときの映像は何回見ても泣けるんですよね。

憲剛 俺も一緒だよ。いまだに泣ける(笑)。

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著者プロフィール

1977年、東京都生まれ。『ワールドサッカーグラフィック』の編集長を務めた後、2008年に独立。編集プロダクション「SCエディトリアル」を立ち上げ、書籍・雑誌の編集・執筆を行っている。ぴあ刊行の『FOOTBALL PEOPLE』シリーズやTAC出版刊行の『ワールドカップ観戦ガイド完全版』などを監修。Jリーグの取材も精力的に行っており、各クラブのオフィシャルメディアをはじめ、さまざまな媒体に記事を寄稿している。

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