連載:キズナ〜選手と大切な人との物語〜

五輪延期をポジティブにとらえる田中大貴 恩師から学んだ“陸川イズム”で前を見る

松原貴実
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後編・選手の階段を1つ上った3年のインカレ決勝

東海大学3年次にインカレ優勝を果たした田中大貴は4年生次に2連覇を達成した 【圓岡紀夫】

 田中は元来シャイで人見知り、大学のころは口数も少なくインタビュアー泣かせの選手として知られた。「そうですね。最初はあんまりしゃべらないのでなかなか会話にならなかった」と笑うのは東海大学バスケットボール部の陸川章監督。だが、その後すぐ真顔になって「彼にはその口数の少なさを補って余りある“目力”があった」と続けた。「私が何かを言うときはきちんと私の目を見る。その目から、彼がちゃんと理解していることがわかるんですね。逆に口にはしないけど彼の目を見ると伝わってくるものもありました。“目で語る”というか、“目で訴える”というか、本人は意識していなかったかもしれませんが、そういう目力を持った選手でした」。

 しかし、人には言葉にしないと伝わらないものもある。「自分の言葉でしっかり話せ」と、陸川監督が田中を叱ったのは1年生の秋のことだった。関東大学リーグ戦で早稲田大学に敗れた後、疲れたようにしゃがみこんでぼんやり壁にもたれている田中の姿を視界に留めながら、そのときは何も言わなかった。「私が彼を叱ったのはその後、取材したいと待っているメディアの人たちを残して帰ってしまったと聞いたときです。つまり、取材をすっぽかしたわけですね。もちろん試合に負けた悔しさはあったと思います。自分が思うようなプレーをできなかった苛立ちがあったかもしれません。でも、約束は守らなきゃいけない。試合に勝とうが負けようが、インタビューにはちゃんと応じなければいけない。彼はこれから日本を代表する選手になっていくと信じていたから尚のこと。自分の言葉で語る責任をしっかり果たす人間になってほしいと話しました」。
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著者プロフィール

大学時代からライターの仕事を始め、月刊バスケットボールでは創刊時よりレギュラーページを持つ。シーズン中は毎週必ずどこかの試合会場に出没。バスケット以外の分野での執筆も多く、94『赤ちゃんの歌』作詞コンクールでは内閣総理大臣賞受賞。

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