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キズナ
プロクライマーの道を切り拓きながら――
野口啓代が辿り着いた東京五輪という終着駅

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クライミングで生きる決意をした初優勝

実家に置かれたディスプレイケースのなかには、これまでの競技人生で野口が獲得したメダルやトロフィーの所狭しと並べられている
実家に置かれたディスプレイケースのなかには、これまでの競技人生で野口が獲得したメダルやトロフィーの所狭しと並べられている【写真:MIKI SANO】

 野口啓代(TEAM au)は、競技に本格的に取り組みだした2005年から2019年までの15年間で、数多くのタイトルを獲得してきた。その抜群の実績で国内はもとより、海外でもスポーツクライミングの第一人者として認められている。昨年の世界選手権をはじめ、国際大会では各国代表の選手たちが、野口と一緒に記念撮影を求める光景も珍しくない。


 茨城県の実家には、そんな彼女の競技人生を垣間見られる部屋がある。歴代の日本代表ユニフォームが飾られ、ディスプレーケースのなかには獲得したメダルやトロフィーがぎっしりと並んでいる。


「祖母にディスプレーケースを初めて買ってもらった時は、『早くメダルでいっぱいにしたい』と思ったのを覚えています。私の15年間の競技生活がつまっている大切な場所で、どのメダル、どのトロフィーを見ても、どんな大会だったかはすぐに思い出せますよ」

 そのなかでも特別に思い出深いものがある。それが2008年7月にフランス・モントーバンで行われたW杯ボルダリングでのもの。2005年の世界選手権で国際大会にデビューしてから、W杯ボルダリング、W杯リードを戦ってきたなかで、野口がついに念願の初優勝した大会だ。


「ずっとずっと優勝したかったけど、いつも2位どまり。優勝は一生できないんじゃないかと思っていたなかでの勝利でした」


 そう振り返る野口にとって、この優勝が印象深いのには、もうひとつの理由がある。それは漠然と思い描いていたことに、一歩を踏み出す決意をこの優勝によって固めることができたからだ。

津金壱郎

東京都出身。雑誌やMOOK、書籍などを担当した出版社勤めを経て、フリーランスのライター・編集者として活動。サッカーや野球、陸上などのスポーツをテーマにしたMOOKや書籍を数多く手掛ける。また、さまざまな識者の連載で企画構成をつとめる。近年はスポーツクライミングの記事を数多くの媒体に記事を寄稿している。

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