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カリスマ社長が残したクラブ経営術とは?
Jリーグ新時代 令和の社長像 岡山編

カリスマ社長が引き抜かれて浮上した「後継者問題」

木村正明前社長の退任に伴い、18年にファジアーノ岡山新社長となった北川真也氏
木村正明前社長の退任に伴い、18年にファジアーノ岡山新社長となった北川真也氏【宇都宮徹壱】

「昨年のJ1は平均観客数が2万人超えを達成しました。これは(日本を含めて)世界でも8カ国しかない。一方のJ2の平均は7176人で、イタリア(セリエB)を抜いて世界5位。1万人台のドイツやスペインも視界に入っています」


 2月7日、都内で行われたJリーグビジネスカンファレンスに登壇した専務理事の木村正明は、JリーグのtoC戦略(ファンへの取り組み)やCRM(顧客データ)について堂々としたプレゼンテーションを行っていた。その様子を撮影しながら「木村さん、すっかりJリーグの人になったんだな」という深い感慨を覚えた。かつて木村の下で働いていた、ファジアーノ岡山の社員はどう感じただろう。「木村さん、ウチにいた頃は『CRMよりもまずは営業だろう!』って言っていたんですけれどね」と苦笑するかもしれない。


 地域リーグ時代の2006年から、岡山の社長として辣腕(らつわん)を振るってきた木村が、村井満チェアマンたっての希望で専務理事就任のオファーを受諾し、社長退任の会見を行ったのは18年2月28日。この時、木村は「J1昇格に懸ける思いがあり、集大成の年にする心づもりでいた」とした上で、「日本サッカー界のために頑張らせていただいたら、必ずこの岡山に戻ってきます」と涙ながらに語っていた。かくして岡山の12年にわたる、カリスマ社長の時代は終わったのである。


 ここで問題になったのが「後継者を誰にするか」であった。何しろ、突如として社長が引き抜かれたのだから、社内に動揺が走ったのは当然の話。それでもプロサッカークラブとして、すぐに新しい社長を立てなければならない。結果としてGMの鈴木徳彦が代表取締役に、そしてホームタウン推進(法人)部長の北川真也が代表権のない取締役社長に、それぞれ就任(のちに北川は代表権を取得)。「北川さんって誰?」と、戸惑いを覚えたサポーターも少なくなかっただろう。


 徳川家康と秀忠の例を持ち出すまでもなく、二代目というものは何かと偉大な創業者と比較され、必要以上のプレッシャーを感じながらも、何とか自分のカラーを打ち出そうと悪戦苦闘するのが常である。果たして岡山の場合、どんな社長交代のドラマがあったのか。そして二代目の北川社長とは、どのような人物なのだろうか。

「おまえに断る権利はない」で二代目社長に就任

今はすっかり「Jリーグの人」となった木村専務理事。後継者の選定にはかなり悩んだ様子
今はすっかり「Jリーグの人」となった木村専務理事。後継者の選定にはかなり悩んだ様子【宇都宮徹壱】

「(18年)2月のある日、木村さんに呼ばれたんです。まさに(取材を受けている)この会議室で『おまえに(後任社長を)頼みたい』と言われたんですね。いったんはお断りしました。単に売り上げ15〜16億円の社長を引き受けるのではない。それ以上に岡山という地域をどうしていきたいのか、明確なビジョンがなければお引き受けしてはいけないと思ったからです。そうしたら次の日にまた呼ばれて、こう言われたんです。『おまえに断る権利はない』って(笑)」


 木村から社長引き継ぎの打診を受けた時のことを、北川は昨日のことのように覚えていた。1978年生まれで今年42歳。就任当時は39歳だった。木村がJリーグに引き抜かれることについては「まったく予期していなかったですね。そもそも木村さんがいなくなること自体、誰も想定していなかったので」。加えて北川自身、この時は次のキャリアのことを何となく考えていたタイミングでもあった。


「実は40(歳)で次の道に進もうと思っていて、木村さんにも伝えていたんです。父親とつくった会社を30歳で辞めて、それからクラブにお世話になっていました。次は別の企業に就職するか、自分で会社を起こすか、それともここに残ってトップまで目指すのか。そんな時にいただいたオファーだったので、これは腹をくくるほかないかなと。今にして思うと、木村さんが残らなかったことが、結果として良かったのかもしれないですね。僕自身も含めて、全員が『自分たちでやっていかないと』と思えるようになったので」


 ところで今回の取材にあたって、当連載の監修者であるデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社の里崎慎から、ある仮説めいた「宿題」をもらっていた。里崎の見立ては「木村さんと北川さんにはいくつか共通点があるので、引き継ぎは意外とスムーズだったのかもしれないですね」というもの。その続きはこうだ。


「木村さんはゴールドマン・サックス出身らしく、しっかりした経営理念を積み上げてきました。後継者の北川さんも、政治コンサル系というバックボーンをお持ちです。いずれも競技者あがりではなく、なおかつクラブの法人営業を続けてきたという経験も共通しています。おそらく木村さんは、いつか自分がクラブを離れることを想定して、ベースとなる部分は残していたと思うんですよ。それをどう引き継ぎながら、北川さんが独自のカラーを出していこうとしているのか。そのあたりをぜひ、取材してきてください」

宇都宮徹壱
宇都宮徹壱

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著はスポーツナビでの連載をまとめた『J2&J3 フットボール漫遊記』(東邦出版)

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