連載:REVIVE 中村憲剛、復活への道

手術台で中村憲剛が無意識に発した言葉 包帯の巻かれた左足に不安を覚えた夜

原田大輔
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麻酔が効く中で漏れ出た心の声

中村憲剛は入院した病室でも時間さえあれば、習慣になっていた左膝の曲げ伸ばしを行っていた 【本人提供】

 2019年11月22日、中村憲剛は家族とともに自らの足で手術室へと向かった。後日、再び見舞いに行くと、中村はそのときの回想と心境を話してくれた。
「前日はなかなか寝付けなかったですね。やっぱり緊張していたんだと思います。面会時間が終わって家族も帰って、病室に一人きり。時間を潰そうと何をどうやっても最終的には次の日の手術のことを考えてしまうじゃないですか。先生たちを信頼していたので、手術がうまくいかなかったらどうしようとは考えなかったですけど、手術を行うということに対しての緊張感はかなりありました。一人だし、気が紛れるものもないし、やっぱりつい余計なことを考えてしまう。何度か手術は経験していますけど、前日はいつもと全く違う夜を過ごしますよね」

 病室を出てエレベーターに乗って手術を行うエリアへと到着する。

「そこまでは家族と一緒なんですけど、その先はバイバイして、看護師さんと自分で入っていく。テレビドラマで見たことのある、あの感じです。長い廊下があって、いくつもの部屋に別れている。やっぱり、緊張しますよね。試合前みたいな感じで、少し心拍数が上がるような感覚すらある。全然、違いますけど、ピッチに入るみたいなね」

 手術台の上に寝ると、ドクターをはじめとする病院のスタッフに「よろしくお願いします」と伝えた。

 本人は全身麻酔の処置をされ、その後の記憶がないというが、朦朧とする意識のなかで、ある言葉を口にしたと言う。それは手術から数日経った朝の病室で、チームドクターでもある本田英三郎に診察を受けているときに聞いたそうだ。

 ひと通りチェックを終えた本田が、中村にこう聞いた。

「そういえば、手術室で僕たちに『よろしくお願いします』と言った後、何て言ったか覚えていますか?」

 中村はあいさつをしたことまでは覚えていたが、麻酔が効きはじめていたこともあり、その後のことは全く覚えていなかった。

「えっ、俺、何か言ってました?」
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著者プロフィール

原田大輔

1977年、東京都生まれ。『ワールドサッカーグラフィック』の編集長を務めた後、2008年に独立。編集プロダクション「SCエディトリアル」を立ち上げ、書籍・雑誌の編集・執筆を行っている。ぴあ刊行の『FOOTBALL PEOPLE』シリーズやTAC出版刊行の『ワールドカップ観戦ガイド完全版』などを監修。Jリーグの取材も精力的に行っており、各クラブのオフィシャルメディアをはじめ、さまざまな媒体に記事を寄稿している。

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