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中村憲剛、復活への道
中村憲剛を奮い立たせた存在、言葉の数々
家族、そしてサッカーの仲間に救われて

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奮い立つきっかけになった小さな同士

同じく膝をケガしていた長男に、視野を開けさせてくれた娘に、もう一度、プレーする姿を見せるため、中村憲剛は復活を誓う
同じく膝をケガしていた長男に、視野を開けさせてくれた娘に、もう一度、プレーする姿を見せるため、中村憲剛は復活を誓う【(C)Suguru Ohori】

 左膝前十字靭帯を損傷した事実をブログで明かした中村憲剛のもとには、友人や知人だけでなく、SNSを通して多くの人たちから励ましの声が寄せられた。


 そのひとつひとつに目を通した中村は、コメントを読むたびに自分の気持ちが奮い立っていく感覚に包まれた。

 その中で、もうひとつ、自分が復活する姿を見せたいと奮い立つ理由があった。それは愛する子どもたちである。特に小学5年生になる長男だった。


「長男は小学5年生でもあるし、彼自身もサッカーをやっているので、ケガのこともある程度、分かる年齢になっているんです。サッカー観も息子だからなのか、小さいころから僕と話し続けているからなのかは分かりませんが、自分に似ているところがかなりある。今では良き話し相手でもあり、サッカープレーヤーとして同士に近いところがあるんです。


 だから、ケガした当日も自分の醸し出していた雰囲気と表情を見て、妻に『パパ、大丈夫だよね?』って何度も聞いていて。クラブハウスでドクターから(診断結果を)告げられた後、部屋を出て待っていた彼に『パパはこういうケガをしてしまって、復帰するのに半年以上はかかると思う』と伝えたとき、かなりショックを受けてしまったんです。そのせいか、あいつ、数日後に熱を出したんですよ。アイシングを真面目にやりすぎて小風邪を引いた自分と同じタイミングで(苦笑)」


 父・憲剛と同じく、サッカーをしている長男もまた、膝を負傷して1カ月半ほど、プレーができなかったという。長男が練習に復帰できたのは、中村が負傷したサンフレッチェ広島戦の前日だった。中村は長男が練習しているグラウンドまで足を運ぶと、久々にプレーする息子の姿を見届けていた。


 膝が痛くて苦しんでいた息子をそばで見続けていた中村にとって、少し慎重にプレーはしていたものの、時折見せる父親譲りのプレーに思わず笑みがこぼれた。また、広島戦が行われた午前中には、息子も同じく試合を行い、久々の実戦を積んでいた。


「彼自身が久しぶりに2日連続でサッカーをしたという肉体的な疲れもあったとは思うんですけど、そのうえで、僕がケガをしたことで、心身ともにダメージがあったのかもしれない。ケガの重症度も分かる年齢なので、長男の顔色が明るくなったというか、元気になったのも、しばらくたってからですからね」

パッと視界が開けた娘のひと言

 また、MRIを撮影しに行く車中で、愛娘から言われた言葉も心に残っていた。

原田大輔

1977年、東京都生まれ。『ワールドサッカーグラフィック』の編集長を務めた後、2008年に独立。編集プロダクション「SCエディトリアル」を立ち上げ、書籍・雑誌の編集・執筆を行っている。ぴあ刊行の『FOOTBALL PEOPLE』シリーズやTAC出版刊行の『ワールドカップ観戦ガイド完全版』などを監修。Jリーグの取材も精力的に行っており、各クラブのオフィシャルメディアをはじめ、さまざまな媒体に記事を寄稿している。

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