連載:REVIVE 中村憲剛、復活への道

中村憲剛、手術前の素直な心境 初めて明かす妻とのライバル関係

原田大輔

連載:第3回

手術を翌日に控え、率直な心境を語りたいという中村憲剛のもとに筆者は足を運んだ 【本人提供】

「手術前日の心境を話す機会なんて滅多にないですし、前日は緊張と不安から人に話をしたい衝動にかられるので(苦笑)、病院に来てもらうことって可能ですか」

 中村憲剛からそう言われたため、病院へと向かった。冬の寒さが骨身に染みる2019年11月21日のことだった。

リハビリを続けてきた手術前の成果

 身体が空く時間は18時ごろだと聞いていたので、そのタイミングに合わせて病院に着いた。受付で面会の手続きを済ませ、エレベーターで事前に聞いていた階まで行くと、中村が入院している部屋を探した。ドアをノックすると、「どうぞ」と、元気な答えが返ってくる。扉を開けると、ベッドの上でくつろぐ中村の姿があった。

「いま、ようやく落ち着いたところだったんですよ」

 損傷した左膝前十字靱帯の再建手術は翌日に行われる。聞けば、この日は午前中に入院した後、まず看護師から入院するにあたっての説明を受けたという。その後、執刀医の岩噌弘志や麻酔医から説明を受けたり、身体を滅菌するためにシャワーを浴びたりと、多忙なスケジュールを過ごしていた。そのなかでも興味深かったのは、事前に筋力測定をしていたことだった。入院した午後に、病院内にあるリハビリ室の測定機を使って行ったという。

「術前に太腿の前と後ろの筋力を測定するんです。両足の。負傷したほうの足が一定の数値に達していないと、術後、復帰するまでに時間がかかる傾向があるみたいで。リハビリが順調に進む目安の数値は右足の数値を100だとしたら、(負傷した)左足は右足の80パーセントくらいの数値が出るといいみたいなんです。ただ、受傷から測定、つまり手術前日までの期間と、その間の筋トレの具合は人それぞれなので、数値ももちろん人それぞれ。70パーセントを下回る人もいれば、80パーセントを超える人もいるみたいです。ただ、数値が低いと、術後の復帰に時間がかかるというデータがあると念を押されたので、今日までめちゃくちゃビビりながら、やれる範囲で必死に筋トレしてきました(苦笑)」

 そのために受傷してから今日までの19日間、中村は地道なトレーニングを繰り返してきた。全身のストレッチにはじまり、膝の曲げ伸ばし、患部の筋トレや体幹の強化も図ってきた。

「測定の前は、もし80パーセントを上回れなかったらどうしよう。リハビリが順調にいかなくなっちゃう……と、すごく緊張しましたし、測定も今、自分の持てるフルパワーでやりました」

 中村がいったん、間を置いてこちらを見るので「それで……結果は?」と思わず聞いた。すると、中村はニヤリとした。

「……結果は88パーセント。先生からは『おめでとう』と言われました(笑)。本当にホッとしましたよ」

 ベッドの上で習慣になっている左膝の曲げ伸ばしをしながら、中村は教えてくれた。
「ここまでしっかりリハビリを続けてきたことが実になっていたのかなと思います。高木祥PT(フィジオセラピスト)とともに、筋力を上げるというよりは落とさないために、地味だけど、かなりしっかりとトレーニングを続けてきましたから」

 そう言ってベッドから起き上がると、スタスタと歩いて飲み物を渡してくれた。思わず立ち上がろうとしたこちらを見て、中村は笑った。

「大丈夫ですよ。今日までは普通に歩けますから」

 腫れもなければ、痛みをほとんど感じることもなくなった左膝だが、明日には今日と全く別の状態になっている。再びベッドに座った中村は、手術を控えた心境を話してくれた。

「満を持してという感はあります。リハビリしてきた期間も含めて、(手術する)タイミングとしてはベストだと思っているので。ただ、とにかく早く明日が過ぎ去ってほしいです。明日がきっと一番、しんどいと思います。手術は全身麻酔をして行うんですけど、個人的に全身麻酔との相性がめちゃくちゃ悪いんで……」

サッカー選手だって怖いものは怖い

 全身麻酔によるオペを経験するのは今回で3度目だという。1度目は2010年に下顎骨を骨折したとき、2度目は2014年に足首を手術したときだった。いずれの術後も全身麻酔による倦怠感や眠気に激しく襲われた。よっぽど、全身麻酔が嫌なのだろう。中村は早口になると、まくし立てた。

「サッカー選手だって人間ですから、怖いものは怖いし、嫌なものは嫌ですよ。5年前に足首の手術をしたときも、朝に手術をして目が覚めてから長時間、起き上がることができなくて、天井がぐるぐる回っているみたいな感じだったんです。ずっと遊園地のアトラクションに乗っているみたいな感じで。体質なのかもしれませんが、とにかく相性がよくないんです。

 だから今回、前十字靱帯損傷と告げられたときに、真っ先に思い浮かんだのが、ああ……全身麻酔か……嫌だなあというネガティブな気持ちでした。それくらい思い出すと憂鬱になる。手術に対しては前向きというか、それももちろん早く終わってはほしいですけど、メスを入れることには納得もしていますし、心配はしていません。でも、全身麻酔だけは本当に嫌。アスリートだってビビることもあれば、手術も全身麻酔もやらないに越したことはないと思っています。当たり前ですが、そこはみんなと変わらないと思いますよ」

 トラウマのように深く脳裏に刻まれているのだろう。だから、手術に対してではなく、全身麻酔に対して強く抵抗を示したのである。

「心境としては、少しサッカーから離れているというか、スイッチを切っている感覚は続いています。(入院したことで)クラブハウスからも離れることになるので、さらに疎外感は感じるかもしれない。病院では、自分との戦いになる。クラブハウスにいるときは、まだチームの中でリハビリをしている雰囲気がありましたけど、病院では本当に自分だけに集中することになりますからね。1人の時間も多いし、孤独ですよ。入院期間は約2週間。シーズンの全日程を終えた翌日にあるチームの解散式に間に合えばいいですけど……。でも、チームメイトのみんなが、『お見舞いに行きますから』って言ってくれたのはうれしかったなあ」

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著者プロフィール

1977年、東京都生まれ。『ワールドサッカーグラフィック』の編集長を務めた後、2008年に独立。編集プロダクション「SCエディトリアル」を立ち上げ、書籍・雑誌の編集・執筆を行っている。ぴあ刊行の『FOOTBALL PEOPLE』シリーズやTAC出版刊行の『ワールドカップ観戦ガイド完全版』などを監修。Jリーグの取材も精力的に行っており、各クラブのオフィシャルメディアをはじめ、さまざまな媒体に記事を寄稿している。

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