F1デビューは新興チームのトールマン

アイルトン・セナ。いまも多くの関係者からベストドライバーとして名前が挙がる。実際にF1ドライバーとして活躍したのは1984年から94年の11年間。今年で没後25年が過ぎ、いまだにセナが世界最高ドライバーのひとりと言われることは驚異的だ。果たして現役時代のセナとは、どんなレースドライバー人生を過ごし、どんな走りをしていたのだろうか? セナを知るひとつの切り口として、歴代ドライバー最多の6勝を挙げたモナコGPに注目してみたい。
セナが所属したチームは、トールマン、ロータス、マクラーレン、ウィリアムズの4チーム。84年のF1デビューはトールマンからだった。
トールマンとは、81年にF1へ参戦した新興チーム。後にベネトンとフェラーリのチーフデザイナーとして、ミハエル・シューマッハが乗るチャンピオンマシンをデザインしたロリー・バーンが、初めてF1マシンをデザインしたチームである。トールマンというチーム自体は85年シーズン後にベネトンに売却され、86年から2001年はベネトンチームとなった。その後ルノーに売却されて、02年から10年まではルノーチームに。そして08年9月に世界的金融危機の「リーマンショック」が発生。その影響で多くの自動車メーカーはF1チームの運営から撤退し、ルノーも投資ファンドのジニ・キャピタルにチームを売却した。11年からチーム名はロータスとなった。その後、再びルノーがチームを買い戻し、16年からはルノーF1チームとして、現在も参戦を継続している。
幻のモナコGP初優勝は中断レース

84年にトールマンからフル参戦したセナのデビューイヤーは、F1関係者に強烈な印象を残した。それがF1デビュー6戦目のモナコGPだ。後に、モナコGPで6勝を挙げて「モナコ・マイスター」の名を欲しいままにしたセナのドライビングセンスはここに集約している。
当時、F1エンジンの主流だった1.5リットルターボエンジンは、現在の1.6リットルV6ターボと違い、ハイブリッドシステムなどは組み込まれておらず、そのエンジン特性は、ターボの過給圧が一定以上になると、突然パワーが出る、非常に乗りにくいものだった。こうしたエンジン特性は、モナコGPのような曲がりくねったストリートコースや、雨で路面が濡れた滑りやすい状況ではさらに扱いにくかった。そんな中、セナはモナコGPのフリー走行で、通常ドライバーが視認するエンジン回転計より、ターボのブースト圧を表示しているブースト計の動きが、アクセルを踏み込んだときのパワーの立ち上がりと連動していることに音の変化で気づいた。また、モナコのような狭いコースではブースト圧を高くしてパワーを出しても、逆に乗りにくい。あえてパワーダウンとなるがブースト圧を下げ、ブースト計にも白いテープを張り、一定の圧力を超えないよう走るなどの改善をした。
そして迎えたモナコGP決勝レース。予選13位からスタートしたセナに味方したのは天候だった。この年のモナコGPは大雨でのスタートとなり、どのマシンもパワーが過大で、突然トルクが発生するピーキーな特性をもつターボエンジンは、雨のなかでは乗りにくくタイムが出ない。セナは着々と順位を挙げて、ファステストラップを記録。ついにはトップを走行していたマクラーレンのアラン・プロストを32周目にオーバーテイクし、そのままチェッカーを受けて、初モナコGPでF1初優勝かと思われた。
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