東邦・石川昂弥、出来過ぎのストーリー 「楽しむ姿勢」から生まれた大記録

楊順行

試合途中に大会歌を口ずさむ余裕

平成最後のセンバツ優勝投手となった石川(写真中央) 【写真は共同】

「今ありて 時代も連なり始める」

 なかなかおもしろい話を、甲子園で撮影しているカメラマンに聞いた。「東邦(愛知)の石川昂弥君、5回終了時のグラウンド整備中のキャッチボールで、『今ありて』を歌っていますよ――」。真剣勝負で緊迫しているさなかのエースが、整備中に場内に流れる大会歌を口ずさむ絵柄は、いい感じじゃないか。

 本人にそのことを確かめようとしたのだが、なにしろチームの中心も中心の選手。常に報道陣に囲まれており、そこで直接質問すると、おいしいエピソードが他社に漏れる。そこで、正捕手の成沢巧馬に確認してみた。

「ああ……そういえば歌っていたかな。グラウンド整備の時間が、ちょうどいいリラックスになっていると思いますよ。キャプテンシーもあり、フレンドリーでおもしろいヤツ。楽しくやっているから、アドレナリンが出るんだと思います」

 そう、東邦のエース兼主砲は、本当に楽しそうに野球をやっている。アウトを取ればガッツポーズし、野手からの声かけには笑顔で答える。さらに報道陣との受け答えも、質問者の目を見ながら表情豊か。いい感じ、なのである。

 たとえば1回戦、21世紀枠で出場の富岡西(徳島)に1失点完投、3対1で勝った後。長打を警戒してフェンス手前まで下がる相手守備には「びっくりした」が、7回に自身2度目の甲子園で初安打が出ると、「6回(の左飛)は、甲子園で初めていい当たりが打てたのでリラックスできました」と笑顔。

 広陵(広島)との2回戦では、好投手・河野佳からの一発含む2安打2打点。さらに盗塁も決めてみせ、

「ホームランは自分のスイングを心がけたおかげ。甲子園なんで、小さくならずに思い切って振ろうと思ったんです。ベースを回るときはもう、興奮状態でした。盗塁は、足に自信はありませんが、いける、というタイミングが分かるんです。走ると、ピッチングにとって体は疲れますが、温まってちょうどいいです」

 こんな具合だ。

投打で発揮した、けた外れの潜在能力

決勝では2本塁打を放ち、バットでも優勝に貢献した 【写真は共同】

 強豪・東邦の、エースで3番で主将。185センチ87キロの体に秘められた潜在能力はけた外れで、東邦では1年の春からベンチ入り。昨春もセンバツを経験した。夏の西愛知大会では、決勝で敗れたものの4番・サードとして打率7割3分7厘、12打点と大暴れしている。

 新チームでは、チーム事情から強肩を生かして投手も兼任。急造投手とは思えないほどの安定感で秋の東海大会制覇に貢献し、「しっかりした柱がいなかったなか、県大会から安定した投球をした」と森田泰弘監督も最大級の評価だ。打っても、昨秋公式戦での7本塁打、27打点は32チーム中トップだから、そちらの評価は言うまでもない。再度、女房役の成沢に聞く。

「投手としては、器用なところもあります。普通、打者の内角を突くのは難易度が高いですが、石川は初めからできていましたし、変化球もスライダーとカットボール、ツーシーム、フォークとスプリット……。スライダーとカット、フォークとスプリットは要求するサインとしては同じですが、石川はそれを感覚で投げ分けるんです。基本の軌道は同じですが、捕手としては苦労しますね(笑)」

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著者プロフィール

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。高校野球の春夏の甲子園取材は、2019年夏で57回を数える。

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