連載:道ひらく、海わたる 大谷翔平の素顔

全米を虜にした大谷翔平の源流 進化しても変わらない「本質」

佐々木亨

メジャー1年目も決して揺るがないその姿勢

昨季、「ベーブ・ルース以来の〜〜」という投打二刀流での歴史的な1年を過ごした大谷。関係者の証言から大谷の内面に迫った 【Getty Images】

 これが大谷翔平なんだ、そう感じた瞬間があった。

 アナハイム・エンゼルスにとって18年シーズンの最終戦である。昨年9月30日(現地時間、以下同じ)、本拠地でのオークランド・アスレチックス戦。大谷はシーズン最終打席となった9回裏の第4打席でセンター前ヒットを放った。

 期待を裏切らない。おそらく大谷自身はさほど意識はしていないのかもしれないが、その場の空気を感じ取り、声援に応える。打席に入る前から彼に向けられる声援と視線は熱を帯びていた。1年間の功績を称え、来シーズンへの期待も含まれている観客たちの熱だ。全米中を虜にした『二刀流』に、スタジアム中が改めて惹き込まれている様子がはっきりとわかった。その熱量を背中に感じながら放った一打に、大谷が持つ「本質」の一端を見たような気がした。

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 ただそれ以上に、彼の本質を垣間見たのが9月下旬、最終戦までの1週間の姿だ。

 メジャー1年目は簡単なシーズンではなかった。開幕直後の投打二刀流の活躍は全米に強烈なインパクトを残したが、その後、右肘の怪我で戦線離脱。右肘内側側副靭帯に新たな損傷が見つかり、手術の是非が話題となったのはシーズンも終盤に入った9月のことだ。結果的にシーズン終了翌日の10月1日に右肘の靭帯再建手術である、通称トミー・ジョン手術を受けるわけだが、手術決断を公言したのは9月25日。『決断』の経緯を語った会見場での凛とした表情が印象的だった。悲壮感はない。目の奥には、未来の自分がはっきりと映っているようにも見えた。

 大谷は言うのだ。

「簡単な選択ではなかったので、あらゆる可能性を探しながら一番いいものを選ぼうかなとは思っていました。(手術をすることで)かなり高い確率で完治し、また、それ以上の状態になれると言われているので、そこをイメージしながらというか、また自分が投げられるのを想像しながら、やっていきたいな、と。決めた以上はしっかりとリハビリも含めて頑張っていきたいと思っています」

 目指すべきものが明確である。過去の悔いに支配されることなく、常に前だけを見据える。目の前の課題を克服しようとする思い。未来の自分に期待しながら突き動こうとする姿勢が、大谷の根底にはある。どんな局面が訪れようとも、彼は決して揺るがない。「進化しようとする自分」と「変わらない自分」。言葉だけを並べれば、対局にある「自分」をそれぞれに持ち続けている。それが大谷翔平なんだ、そう思うのだ。

 手術決断を公言した翌日の9月26日のテキサス・レンジャーズ戦では自己最多タイとなるシーズン22本目の本塁打を放った。試合終盤での左翼席へ突き刺さるライナー性の決勝弾である。そして、最終戦でのセンター前ヒットでシーズンを締めくくったわけだが、その一連の姿にもまた、彼の本質が透けて見えるのだ。すでにチームのポストシーズン進出の可能性はなく、大谷自身のことで言えば野球人生の大きな決断をした中でのパフォーマンス。一つ一つの結果や姿に、目の前の「やるべきこと」に集中する、彼の圧倒的な向上心を見たような気がした。

「(シーズン)最後の打席を来年につなげるために、そのために一生懸命に」

 18年の最終戦直後の大谷は、あくまでも自然体でシーズン最終打席をそう振り返った。
 そして、彼はこうも言うのだ。

「どのシーズンも、どういう結果でも、やりきったという(感覚は)あります。そう思えるように一日一日を重ねているつもりですし、良くても悪くても後悔しないように、そういう毎日をずっと続けてきましたし、これからも続けていければなと思います」

 日々を大事にしながら、進化を恐れずに新たな目標に向かう姿勢や思考。現在地を見つめ、未来の姿をイメージして追い求める。そのための努力を惜しまない。もしかしたら、彼には「努力」という言葉は適さないのかもしれない。当たり前のことを当たり前にやっているだけという感覚だろうか。

「いいタイミングで、いい指導者、いい方々に出会ってきた」

「大谷翔平」という軸が、揺らぐことはない。

 その感性の源流は、岩手の地にある。「温かく見守る」両親のもとで育まれた感性は、高校時代でさらに深みを増した。具体性を持った目標設定の大切さや、より高みを見つめる向上心の重要性。先入観を持たず、あらゆる可能性を信じ、その実現のために力を尽くすこと。それらは佐々木洋監督のもとで花巻東高校時代に学んだことだ。大谷は、これまで歩んできたそれぞれの時代を振り返り、こう語ったことがある。

「本当にいいタイミングで、いい指導者、いい方々に出会ってきた」

『道ひらく、海わたる 大谷翔平の素顔』(扶桑社刊)は、大谷が出会いを通じて多大な影響を受けた人々の証言を中心にまとめた一冊である。野球人としての姿を描きつつ、彼が持つ内面の奥深さ、「大谷翔平」という人間の源流と本質を深く掘り下げた一冊にしたいという思いから動き出したものだ。岩手という地で育まれ、磨かれていった「人間性」「思考」「感性」、そこにあった彼の生き方や人物像を描いた。野球ファンのみならず、スポーツ現場の子供たちや指導者、または教育や人材育成の場、あるいは子育て世代、さらにスポーツを通じた「心の教育」を望む人たちにとっても、何らかのヒントとなる一冊になれば幸いである。

配信スケジュール

第1回 大谷翔平に影響を与えた恩師の言葉 配信中

第2回 「個」を最大限に生かす佐々木監督の指導 配信中

第3回 大谷翔平と菊池雄星 配信中

第4回 高校1年・大谷を野手一本で育成した狙い 配信中

第5回 大谷を育て上げるために何が必要か 配信中

第6回 大谷翔平が持つ「器」は大き過ぎる 配信中

第7回 大谷翔平、3年夏に訪れた歴史的瞬間 配信中

第8回 大谷翔平、「二刀流」の発端 配信中

第9回 東日本大震災……その時、大谷は? 配信中

第10回 日本一の景色は遠く――1勝もできなかった大谷翔平の甲子園 配信中

第11回 大谷翔平、18歳の決断 配信中

第12回 大谷翔平を静かに見守り続けたスカウト 配信中

第13回 メジャー挑戦…両親、佐々木監督の覚悟 配信中

第14回 日本ハムの強い信念と挑戦 配信中

第15回 日本ハムが「誰も歩いたことがない大谷の道を一緒に作ろう」に込めた思い 配信中

第16回 大谷への提案資料『夢への道しるべ』舞台裏 配信中

第17回 「二刀流」という言葉が生まれたある会話 配信中

第18回 大谷翔平の日本ハム入団が決まった日――その時、栗山監督は中尊寺にいた 配信中

第19回 岩手へ、恩師へ 大谷翔平が紡ぐ感謝の言葉 配信中
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著者プロフィール

1974年岩手県生まれ。スポーツライター。雑誌編集者を経て独立。著書に『あきらめない街、石巻 その力に俺たちはなる』(ベースボール・マガジン社)、共著に『横浜vs.PL学園 松坂大輔と戦った男たちは今』(朝日文庫)、『甲子園 歴史を変えた9試合』(小学館)、『甲子園 激闘の記憶』(ベースボール・マガジン社)、『王者の魂』(日刊スポーツ出版社)などがある。主に野球をフィールドに活動するなかで、大谷翔平選手の取材を花巻東高校時代の15歳から続ける。

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