連載:道ひらく、海わたる 大谷翔平の素顔

「個」を最大限に生かす佐々木監督の指導 大谷翔平の中に生き続ける教え

佐々木亨
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佐々木監督が持つ独特の感性

大谷の野球技術、人間性の形成で大きな影響があった花巻東・佐々木監督 【写真は共同】

 佐々木監督の朝は早い。
 東の空が瑠璃色に染まり始める早朝に起き、自宅の庭へそっと向かうことがある。朝露を含んだ湿り気のある土が、ときには両手を優しく濡らして安らぎを与えてくれることもある。土を掘り、好みの苗木を植える。始まりは、庭いじりだった。

「初めはちょっとしたきっかけで、庭いじりをしていましたが、いつしか庭で自分の木を育ててみようと思いました。植木に詳しい知り合いの方に話を聞きながら、近所のホームセンターで苗木を買って。そのうち、土に植えた小さな苗木はどんどん成長していきました」

 子供だった苗木が大人へと成長する。その過程で、佐々木監督はそれぞれの木が互いにぶつかり合う様子を見た。大事に育てたはずの“子供たち”が、衝突しながら互いの成長を妨げている。「おいおい、何をやっているんだ!」。言葉を発することなく、ただ伸び続ける木々に対して、心の嘆きをぶつけながら土を再び掘り返す。

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「要するに、木と木の間隔が近過ぎたんですね。そのときに思ったんです。俺って、何も長期的なプランを考えていなかったなって。そして、野球でも生徒に同じことをしていないか? って」

 佐々木監督は、それまでの指導を振り返りながら自問自答した。広い視野を持たずに、言わば大きな森を見ていなかった。目の前の木ばかりに意識をとらわれていた。そんな自分を「反省した」という。庭を整える「庭師」は、古くは「園丁(えんてい)」などとも呼ばれた。佐々木監督が言葉を足す。

「庭師は、植木が終われば縁側に座ってお茶を啜(すす)りながら景色を眺める。それって、ただお茶を飲んで休んでいるだけではないんですよね。遠目から植木の位置関係を確認している。離れて見てこそ気づくことがある。それは、野球でのノックにも通ずるものがあると思うんです。たまには、全体の動きを見るためにノックを受ける野手の姿を俯瞰(ふかん)することも大切。上から全体を見渡すと、たとえばショートが捕球する際にセンターの動きが気になったりする。そういう『目』も、指導者には必要だと思うんです」
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著者プロフィール

1974年岩手県生まれ。スポーツライター。雑誌編集者を経て独立。著書に『あきらめない街、石巻 その力に俺たちはなる』(ベースボール・マガジン社)、共著に『横浜vs.PL学園 松坂大輔と戦った男たちは今』(朝日文庫)、『甲子園 歴史を変えた9試合』(小学館)、『甲子園 激闘の記憶』(ベースボール・マガジン社)、『王者の魂』(日刊スポーツ出版社)などがある。主に野球をフィールドに活動するなかで、大谷翔平選手の取材を花巻東高校時代の15歳から続ける。

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