応援団5人から始まったアスリート支援策 選手と企業の理想的な関係性とは?

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提供:(公財)日本ラグビーフットボール協会

株式会社乃村工藝社所属でパワーリフティングで活躍する西崎哲男さん(左)と、同社の原山麻子さんを招き、講演が行われた 【スポーツナビ】

 公益財団法人港区スポーツふれあい文化健康財団と、公益財団法人日本ラグビーフットボール協会が主催する「みなとスポーツフォーラム 2019年ラグビーワールドカップ(RWC)に向けて」の第89回が12月17日、東京都港区のみなとパーク芝浦で行われた。

 今回は「アスリートと所属企業の、互いに気づき成長しあう絆づくり」をテーマに、リオデジャネイロ2016パラリンピックのパワーリフティング日本代表、株式会社乃村工藝社所属の西崎哲男さんと、同社の東京2020オリンピック・パラリンピック推進室室長の原山麻子さんを招き、フリーアナウンサーの高橋友希さん進行のもと講演が行われた。

西崎さんと乃村工藝社の出会い

 パワーリフティングで54キロ級と59キロ級の日本記録保持者である西崎さん。高校時代はレスリングに没頭するが、2001年に交通事故で脊髄を損傷して両足が不自由になる。その後03年にパラ陸上競技を始め、06年の世界選手権に出場し、11年に引退。しかし13年に、競技をパワーリフティングに変更し現役復帰したという異色の経歴を持つ。

「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会が決まったというニュースを見て、やっぱり『自国開催なので出たいな』、『出られなくとも挑戦はしたいな』という思いから競技を変えて、目指すことにしました」と転向の理由を語る。

 そんな西崎さんが乃村工藝社と出会ったのは14年。同社もまた東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会決定を受け「スポーツ、それからアスリートの支援も目指していこう」との機運が高まり、アスリートの採用を模索。そんな中でアスリートと企業をマッチングさせる支援活動を行う『アスナビ』を通して西崎さんと出会い、乃村工藝社と西崎さんの歩みがスタートした。

対話を通し「もっと知ること」で興味を喚起

原山さんは、西崎さんやパワーリフティングにもっと興味を持ってもらうべく、「対話」をはじめとするさまざまな施策を打ち出した 【スポーツナビ】

 15年1月に西崎さんは、乃村工藝社の社員となって迎えた最初の試合「全日本パラ・パワーリフティング選手権大会」で、当時の日本記録となる133キロを挙げ、見事3連覇を達成した。しかし、応援に駆け付けたのはたったの5人。西崎さんは「(今までは)試合に来てくれるのは家族だけだったので、会社に入ってしかも“5人も”来てくれるというのが僕にとってはすごく新鮮だった」と思ったが、原山さんは「寂しいな」と感じた。

「すごく新鮮だった」とは言うものの、やはりアスリートにとって声援は少しでも大きいほうが力になる。社内広報で多くの社員に西崎さんのことを発信したが、同年9月の大会に駆けつけた社員は9人。しかも多くの人はルールを理解しておらず、また記録が伸び悩んだ西崎さんがケガをしていた事実も知らなかった。理解不足の現状に「衝撃を受けた」原山さんは、競技への理解はもとより西崎さん自身への理解が不可欠と感じた。会社が西崎さんを採用した目的の達成、そして西崎さんがもっと力を発揮できるような舞台を作るべく、原山さんは「西崎哲男支援策」を急ピッチで進めることになる。

「スポーツ好きの有志メンバーで『西崎が今目標としているリオデジャネイロ2016パラリンピックに向けてどこまでが達成できていないのか』。そして、『それをするためにはどんなトレーニングが必要で、どんな練習環境を整えなければいけないのか』といったところを打ち合わせました」(原山さん)

 西崎さん自身をもっと知ること。そして強く興味を持ってもらうこと。そのために西崎さんと社員との対話の場を設けた。

大声援の中で日本記録更新

2016年1月の日本選手権、大声援にも後押しされた西崎さんは日本記録を更新する試技を見せた 【写真:アフロスポーツ】

「初めて見る人たちがいて、そこで『どうすれば』というのを真剣に話し合って、あっという間に形ができていくのを見て正直びっくりした」と西崎さんが言うように、その後のスピードは早かった。IPC(国際パラリンピック委員会)公認ベンチの購入からはじまり、トレーニングの拠点である大阪・東京間の移動費、海外有力選手との交流のための渡航費など、会社に「すべて承認」された。

「(公式ベンチは)試合さながらの練習ができます。シートの固さであったり、シャフトの握りであったりというのを普段から感じられるというのはすごくプラス」と西崎さんは変化を喜んだ。

 また同時に社員の競技への関心、理解の促進活動も加速する。「西崎哲男とパワーリフティングを応援しよう」と題した社内セミナーを行ったり、パワーリフティングのパラリンピアンなどを招き、試技を披露してもらった。また国際審判員にきてもらい、実際に社員の試技を判定。厳しいとされる判定基準も体験し、肌でルールの把握をした。そうした取り組みをしていくうちに、競技に興味を持つ社員がだんだんと増えていき、熱を帯びていった。

「『目指す記録はもう少し高いぞ』というようなことも社内で共有して、やっと西崎と乃村工藝社が同じ目的を持つことができた」とこのとき原山さんは確かな手ごたえを感じとった。

 西崎さんも「自分の意思を発することができたというのは、すごくうれしかったですし、皆が真剣になって知ろうとしていることに関して『会社一丸となって応援してくれているんだな』というのを肌で感じることができました」と振り返る。

 そして16年1月の全日本選手権。前回大会で5人しかいなかった応援団は、乃村工藝社の社員が会場を埋め尽くすほどに膨れ上がり、大声援を受けた西崎さんは自身の日本記録を更新する135キロを挙げてみせた。

リオで悔しい思いも、確かに感じた連帯感

「声援は力をくれる」と力強く語る西崎さん。強力なバックアップを背に、東京2020パラリンピック競技大会を目指す 【スポーツナビ】

 全日本で結果を残し、リオデジャネイロ2016パラリンピックの出場を勝ち取った西崎さん。だが本番の舞台では、慣れない環境もあってか体重が2〜3キロ近く落ち、本来の力を発揮できず3度ある試技すべてに失敗。初めての大舞台で「記録なし」に終わった。西崎さんは社員にあてた手紙にこう記している。

「悔しい、の一言です。レスリング、陸上競技とさまざまなスポーツをしてきましたが、こんな思いになったのは初めてです。それは今までにないくらい応援してもらい、皆さんと本当に一緒に戦っていると実感できたからだと思います。今回は皆さんと悔しさを共有することになりましたが、東京2020パラリンピック競技大会では喜びを共有できるよう、4年間また新たな気持ちで頑張りたいと思います」

 深夜1時にもかかわらず、会社で行われたパブリックビューイングに多くの社員が押し寄せ、最後まで西崎さんの背中を押した。その熱い思いは西崎さんにも伝わり、西崎さんとともに悔しさも共有した。まさに「連帯感」が感じられた瞬間だった。

 その後も支援の動きは失速することなく続く。西崎さんのために作ったトレーニングルームを社員も活用して基礎体力の向上に努め、さらには社内にパワーリフティング部が結成され、実業団大会出場を目標に活動しているという。

 さらに18年6月、乃村工藝社は東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会のオフィシャルサポーターとなると、ラグビーワールドカップ2019日本大会の成功に向けて活動している一般社団法人ストリートラグビー・アライアンスに協賛するなど、スポーツとの関わりをさらに深めている。

「試合の度に感じるのが、やはり声援。声援は力をくれる」と西崎さん。応援する側とされる側という単純な関係性にとどまらず、互いに良い影響を及ぼし合い成長してきた。これからも乃村工藝社と西崎さんの歩みは続く。

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