混乱のコパ・リベルタドーレス決勝 異例のサンティアゴ・ベルナベウ開催へ

「南米最高の試合」が南米で開催されない

セカンドレグが延期となり、サポーターは肩を落としてスタジアムを後にした 【写真:ロイター/アフロ】

 これは異例の決断である。第一にコパ・リベルタドーレスは59年の歴史を持つ南米最高の大会であり、その決勝が南米大陸の外で行われるべき理由は南米フットボール界には存在しない。

 たとえブエノスアイレスが十分な安全を保証できないとしても(そもそもファーストレグは同じブエノスアイレスで大きな問題なく開催できている)、アルゼンチンの別の地域で開催できるはずだ。たとえば今年3月には、ボカとリーベルによるスーペルコパ・アルヘンティーナがメンドーサで行われている。アルゼンチンでの開催を避けたいのであれば、チリのサンティアゴ、ウルグアイのモンテビデオ、ペルーのリマ、コロンビアのボゴタ、ブラジルのサンパウロといった決勝の舞台に相応しい南米の大都市はいくつもある。

 しかもこの大会名「リベルタドーレス(=解放者たち)」には、19世紀に南米各国の独立を巡ってスペイン王政と戦った英雄たちをたたえる意味が込められている。その決勝を他でもないスペインの首都で開催しようという発想は理解し難いものだ。

矛盾にあふれた決断がもたらす不信感

 フットボール狂として知られ、1995〜2007年にかけてボカの会長を務めたアルゼンチンのマウリシオ・マクリ大統領は、最後の最後までアルゼンチン国内で決勝を行うようCONMEBOLに圧力をかけ続けた。このような試合の開催権を奪われることなど、アルゼンチンほど伝統あるフットボール大国にとって許し難いことだからだ。しかもそのわずか数日後には、他でもないブエノスアイレスで日本の安倍晋三首相も出席したG−20ブエノスアイレス・サミットが行われようとしていた。

 G−20ブエノスアイレス・サミットにはFIFAのジャンニ・インファンティーノ会長、CONMEBOLのアレハンドロ・ドミンゲス会長も参加していた。マクリは彼らに最後までアルゼンチンでの開催を訴え続けたものの、CONMEBOLの決定が覆されることはなかった。

 なぜ他のどの国でもなく、スペインである必要があるのか。CONMEBOLの元にはカタールのドーハ、フランスのパリ、ブラジルのサンパウロ、そして同じスペインでもカタルーニャのバルセロナといった都市から招待状が届いていた。だがCONMEBOLは言葉やスポンサー、フライトの便、スタジアムのキャパシティー(モヌメンタルより2万人多い8万人収容)、市場価値の高いユーロでの収入が得られること、そして多くのアルゼンチン人が住んでいることなどを重視し、マドリードでの開催を選んだ。そのためにリーベルのファンとソシオは、本拠地で決勝が行われるまたとない機会を失うことになった。

 アルゼンチンの2大クラブによる南米最大のファイナルは、予期せぬ形により欧州の地マドリードで行われることになった。あらゆる面で矛盾にあふれたこの決断は、フットボール界を牛耳る指導者たちに対して大きな不信感を残すことになるだろう。

(翻訳:工藤拓)

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著者プロフィール

アルゼンチン出身。1982年より記者として活動を始め、89年にブエノス・アイレス大学社会科学学部を卒業。99年には、バルセロナ大学でスポーツ社会学の博士号を取得した。著作に“El Negocio Del Futbol(フットボールビジネス)”、“Maradona - Rebelde Con Causa(マラドーナ、理由ある反抗)”、“El Deporte de Informar(情報伝達としてのスポーツ)”がある。ワールドカップは86年のメキシコ大会を皮切りに、以後すべての大会を取材。現在は、フリーのジャーナリストとして『スポーツナビ』のほか、独誌『キッカー』、アルゼンチン紙『ジョルナーダ』、デンマークのサッカー専門誌『ティップスブラーデット』、スウェーデン紙『アフトンブラーデット』、マドリーDPA(ドイツ通信社)、日本の『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿

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