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野村克也からの手紙

新庄剛志様 宇宙人の君へ
『野村克也からの手紙』

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野村氏が新庄氏に“二刀流”挑戦をすすめた真意とは?
野村氏が新庄氏に“二刀流”挑戦をすすめた真意とは?【写真は共同】

 最近はバラエティ番組などで、破天荒な生き方が注目されている新庄剛志氏だが、90年代には阪神のスター選手として活躍。規格外の運動能力、個性的な発言で人気を集めた。1999年から3年間、チームを率いた野村克也氏は、新庄氏が2001年にメジャーに移籍するまで、2年間をともに過ごした。


 その印象は、『天才バカボン』。「来た球をば〜んと打つだけ」と常々語っていた教え子と接し、「理論がまったく通じない」と、指導法に頭を巡らせる日々を送った。今話題の“二刀流”に挑戦させたこともある。その意図を当時本人が理解していたかどうかはわからない。あれから20年弱。改めて一通の手紙に当時の真意と、人生へのエールを綴った。

あとはもう少し、努力してもよかったな

 いったい今、どこで何をやっているのか。


 少し前はバリ島に住み、絵画を描いて暮らしていると聞いたが、収入源は大丈夫なのか? お前の絵を買ってくれる人がいるのか?


 お前は本当に、『天才バカボン』だった。「天才となんとかは、紙一重」というヤツだ。人によっては『宇宙人』と表現することもあった。


 選手を生かすも殺すも、監督の腕次第。まあ、俺は昔から奇人変人を相手に丁々発止やってここまで来たから、阪神で初めて会ったときも、多少の変人なら問題ないと思っていた。しかし、お前には論理がまったく通用しなかった。理論攻めで納得させようとしても、ムダ。幸い素直だから、聞く耳だけは持っている。ところが聞く耳はあっても、なかなか俺の意図するところを理解してくれなかった。


「考えること」が苦手だったのは、それまで何も考えなくても、素質だけでやってくることができたからだ。


 お前は足も速く、肩も強い。守備もうまい。体力といい、天賦の才に恵まれていた。だから、いいのか悪いのかわからないが、なんでも簡単に考えてしまうクセがあった。「いつでもホームランを打ちますよ」とかなんとか。とにかくすべて、甘く考えていた。世の中も、メジャー・リーグでさえも。『過信家』とでも言えばいいのだろうか。こういうタイプは、押し付けてもダメだと思った。


「人を見て法を説け」という言葉がある。相手の性格や能力を見て、適切な助言をしろということだ。お前は目立ちたがり屋だったから、自由奔放にやらせることで、能力を出してもらおうと思った。おだてて、おだてて、『豚もおだてりゃ木に登る』作戦である。


 そこで、初めはキャッチャーをやらせてみようと思ったのだが、かなり嫌そうだったな。「どこのポジションをやりたいんだ?」と聞いたら案の定、「そりゃ、ピッチャーですよ」と言った。こうしてお前の“二刀流”挑戦が始まったわけだ。

ベースボール・マガジン社

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