Sフェザー級の頂点へ始動した伊藤雅雪 世界へ続く尾川とのライバルストーリー
ラスベガスで感じた悔しさ
内山や三浦らがいたSフェザー級で、世界獲りへ動き出した伊藤雅雪 【船橋真二郎】
2017年12月、ボクシングの聖地・米国ラスベガス。揚々とリングインするライバルの姿を目の当たりにして、現在、WBO世界スーパーフェザー級2位を最上位に世界主要4団体でランク入りする伊藤雅雪(伴流)は「悔しかったし、複雑でした」と、波立つような当時の胸のうちを素直に振り返った。
「別に勝ってほしいとかもなかったですし、僕からしたら、どっちが勝っても良かったんですよ。ただ同じ階級なので、この試合で世界チャンピオンのレベルを感じたいと」
ボクサーとしては当たり前の微妙な心理。だが判定に持ち込まれ、ライバルの名前が高々と呼びあげられると、感情は違う方向にも動く。
「純粋にすごいなって思いましたし、祝福したくなりました。あの舞台で、いつも通りの力を出せたのは、確固たる気持ちをしっかり作り上げてきたからで、それがすごいなって。今から自分が準備していく中で大事なのは、そこだなと感じました」
一言で言えば、いいものを見せてもらった。大きな手土産を持って、伊藤は帰国した。
内山、三浦らがそろう激戦区の階級だった
WBA王座を11度防衛し、重厚な存在感を放ち続けた内山高志(ワタナベ)、一度は内山の軍門に下りながらも、のちにWBC王者となり、米国で足跡を残した三浦隆司(帝拳)と、ふたりの世界王者が君臨。国内にも、日本王座を4度防衛後、内山に挑戦し、終盤のダウンで一矢を報いた金子大樹(横浜光)。金子が返上した日本王座に就き、3度防衛したサウスポーの俊才・内藤律樹(E&Jカシアス)。右強打を武器に内藤からベルトを奪い、5度防衛した尾川堅一(帝拳)。初のタイトル挑戦では内藤に敗れたものの、東洋太平洋、WBOアジア・パシフィック王座の2本のベルトを巻いた伊藤――。
そのほかにもタレントが顔をそろえ、激戦区と呼ぶにふさわしい活況を呈していた。
ところが時は流れる。昨年、内山、三浦、金子が相次いで引退。日本王座返り咲きを狙った尾川とのリターンマッチにも敗れた内藤は、自身のベストパフォーマンスを求め、ライト級、さらにはスーパーライト級へと階級を上げていく。
そしてライバルたちが互いを意識し、直接、間接にしのぎを削った国内スーパーフェザー級戦線を生き残ったのが、尾川と伊藤だった。
「あの時代が一番成長できたと思います。正直、毎試合毎試合が怖かったし、そういう怖さを乗り越えてきたからこそ、今の自分があって、世界を狙える位置にいると思うので」
スーパーフェザー級の日本王者と東洋太平洋、WBOアジアの2冠王者として並走し続けた尾川と伊藤の直接対決は実現しなかったものの、「いいライバル」と伊藤は言う。
「尾川くんがいい試合をすれば、『やっぱり伊藤より尾川のほうが強い』と言われるし、僕がいい試合をすれば、今度は『やっぱり伊藤でしょ』と言われる」
チャンスを先につかんだのは尾川だった。
高まってきた世界挑戦への可能性
尾川(右)はテビン・ファーマー(左)に判定で勝利し、世界王座を先につかんだが…… 【写真は共同】
年が明けた今年1月、試合を管理した米国ネバダ州コミッションから、尾川が試合4日前と試合当日に受けたドーピング検査の結果、試合前の尿サンプルが陽性反応を示したとの通知を受ける。帝拳ジムは意図的な摂取を否定。原因究明に協力するも3カ月後の4月19日、明かされた結果は無情だった。
ネバダ州コミッションの裁定は「試合から6カ月間の出場停止、ファイトマネーの20%の返金」。調査に全面的に協力したこと、試合当日のサンプルが陰性だったことで、処分としては軽減されたということだったが、試合自体はノーコンテスト、無効となった。つまりベルト獲得もなかったことになるのである。
「何と言っていいのか、言葉が見つからない」
だがライバルの無念を思いやってばかりもいられない。伊藤にもチャンスが近づいている。
現在、最もタイトルに近い位置にいるWBO王座に君臨するのは、現役最強の呼び声高まるワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)。5月12日(日本時間13日)、米国ニューヨーク。五輪連覇、世界選手権連覇のアマチュア実績を引っ提げ、プロでも世界最速7戦目で世界2階級制覇を果たした大物と、WBA世界ライト級王者のホルヘ・リナレス(帝拳)との一戦が決まった。ベネズエラ出身のリナレスは、日本でプロキャリアを積み、世界3階級王者へと飛翔した実力者。日本にとっても紛れのないビッグマッチだが、これを機にロマチェンコはライト級進出が濃厚と見られる。王座返上となれば、伊藤に決定戦出場の可能性が開ける。