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“メグカナ”が今だから明かせる苦悩
ブームの中で少しずつ離れた2人の距離
MBSの番組に出演した栗原恵(右)と大山加奈が取材に応じ、全日本時代の葛藤を明かした
MBSの番組に出演した栗原恵(右)と大山加奈が取材に応じ、全日本時代の葛藤を明かした【写真提供:毎日放送】

 人気、実力ともに低迷していた日本女子バレーを救ったのは、当時19歳の2人のエースだった。2003年のワールドカップ(W杯)で、「メグ」こと栗原恵、「カナ」こと大山加奈の2人が躍動し、日本は5位と健闘。女子バレーは一躍注目スポーツとなり、翌04年には2大会ぶりとなるアテネ五輪出場を果たした。


 しかしその変化の裏で、人気を集めた若き2人は大きな葛藤を抱えていた――。


 一時代を築いた“メグカナ”の2人が、毎日放送のスポーツトークバラエティー「戦え!スポーツ内閣」(5月2日放送)に出演。収録後に取材に応じ、当時の思いを語った。今だから明かせる2人の苦悩とは……。

あまりの過酷さに、全日本の合宿を逃げ出そうとした大山

04年の全日本合宿の映像を見ながら、大山(右)が逃げ出そうとしたエピソードを明かした
04年の全日本合宿の映像を見ながら、大山(右)が逃げ出そうとしたエピソードを明かした【写真提供:毎日放送】

 今年2月に日立リヴァーレを退団した栗原は、以前よりややほっそりした姿で現れた。


「最近は、趣味程度でトレーニングをしたり、ヨガをしたり。今33歳ですけれど、こんなにゆっくり過ごしているのは初めて。目覚ましをかけずに寝て、起きたい時間に起きて、という生活です」と穏やかな表情で語った。


 今後については、まだ揺れている。

「一応現役なんですけれど、宙ぶらりんの状態。オファーをいただいて考えるか、もしくは引退するか。焦りは全然なくて、次にバレーボールをするにしてもしないにしても、今のこの時間がいい充電期間になっています」


 収録中、04年の全日本合宿の映像が流れた。当時の柳本晶一監督にワンマンレシーブで追い込まれ、怒鳴られるシーンが流れると、大山は「この映像、やっと泣かずに見られるようになりました」と苦笑した。


 あまりの過酷さに、当時、追いつめられた大山はアテネ五輪を目前にして合宿を逃げ出そうとしたと言う。2人が当時を回想した。


大山 あの頃は怒られすぎて、もう怒られないように怒られないようにとプレーしていました。だから、なぜバレーボールをしているのかが分からなくなってしまい、これ以上合宿を続けたら私は壊れてしまうと思って、逃げようとしました。小学生の頃からずっと夢だったオリンピックがもう目の前だったのに、それよりもつらい気持ちの方が勝ってしまった。荷物を全部まとめてもう逃げるだけ、というところまでいきました。


 でも逃げることを高校の恩師と親にだけは言っておこうと思って、伝えたんです。そうしたら(下北沢成徳高の)小川(良樹)先生は『カナはスポーツ選手に向いてないんだから、やめたかったらやめていいよ』と言ってくれたんです。親からも、「バレーはそんなつらい思いをしてまでやるものじゃないよ。帰っておいで」とメールが届きました。


 そういう言葉をもらったことで、逆に「頑張ろう」と思えて、踏みとどまれました。あの頃は、エースにふさわしい強い人間じゃなきゃいけないと思いすぎていたんですけれど、本当の弱っちい私のことを分かってくれる人がいるんだと思ったら、肩に乗っかっていた重たいものがなくなって、「この人たちのために頑張ろう」と思えたんです。


栗原 当時、私も一緒に合宿に参加していて、カナがすごく苦しんでいるのは分かっていたんですけれど、同じ年齢で、同じポジションで、その中でなんて声をかけたらいいのかが分からなかった。なんと言えばカナにとってプラスで、逆に何が傷つけてしまうのか。そういうことを考えすぎてしまって、なかなか声をかけられなくなりました。


 私自身は学生時代からしごかれてきていたので、負けじ魂は結構ありました。だから、ワンマンをされた時も、「絶対負けたくない」と思って追いかけた。そうすると、目が変わるらしくて、監督はすごくそういうのを見ていましたね。


大山 メグは強いなー、すごいなーと思って見ていました。私はダメだなーって……。私の高校はどちらかというと自主性を重んじる高校で、監督が声を荒げるということがいっさいなかったので、そのギャップに苦しみましたね。

常に比較され、徐々に距離が……

常にライバルとして扱われることで、2人の距離は少しずつ離れていった
常にライバルとして扱われることで、2人の距離は少しずつ離れていった【写真:アフロスポーツ】

 2人が出会ったのは中学2年の全国大会。小学生の頃から将来有望な金の卵として注目されていた大山は、栗原にとって憧れの存在だったため、初対面の時、栗原は「本物だ! テレビの中の人だ!」と舞い上がったと言う。


 2人は中学選抜の合宿で意気投合し、高校に入ってからも文通を続ける仲だった。しかし03年以降の“メグカナ”ブームの中、2人の距離は少しずつ離れていった。


大山 “メグカナ”と言われるようになってから、インタビューなどで必ずメグのことを聞かれるんです。自分が調子が良かったり、勝っている時はいいんですけど、負けている時や調子が悪い時でも、「栗原さんは何点取りました。どう思いますか?」とか、そんな質問ばかりで。とにかくライバル扱いをされて、お互いに自然と距離ができてしまった。「メグとは仲いいんですか?」と何回聞かれたか。ね?


栗原 うん、聞かれたね。私はさっきもお話したように、カナが悩んで落ち込んでいる時に、どういう言葉がうれしくて、どういう言葉がつらいのか、考えすぎて、うまく話しかけられなくなってしまって。


 それに、2人でインタビューを受けている時に、「2人は仲がいいんですか?」と聞かれて、カナが「うーん……」となっていると申し訳なく感じたし、自分の質問をされてカナが泣いてしまったというのも目にしたり耳にして、自分のことで悩ませているんだったら、私が声をかけるのはなんか違うのかなと思って、触れられなくなってしまったところもありました。


大山 (泣いたことは)何度かありますね。特にVリーグで自分が勝てないシーズンに、メグは連勝していて優勝するぐらいのシーズンだったんですけど、試合のたびにメグの質問をされて、「もうやだ!」となりました。なんだか、自分はメグとセットじゃないと価値がない人間なんじゃないかって、そんなふうに思ってしまいました。


 あとはやっぱり、“メグカナ”、“メグカナ”と言われて、先輩たちの目も気になりました。皆さんすごい選手だったので。だから一緒にいることをやめていた時期もありました。


栗原 あったね。たくさんすばらしい人たちがいる中に、自分たちはポンと入れてもらっているだけなのに、2人ばかりが取り上げられちゃうのは申し訳なかったです。


大山 2人で並んでストレッチしたり、靴を履いたりすると、そこにカメラが集まるので、自然と距離を置くようになりました。

米虫紀子

大阪府生まれ。大学卒業後、広告会社にコピーライターとして勤務したのち、フリーのライターに。野球、バレーボールを中心に取材を続ける。『Number』(文藝春秋)、『月刊バレーボール』(日本文化出版)、『プロ野球ai』(日刊スポーツ出版社)、『バボちゃんネット』などに執筆。著書に『ブラジルバレーを最強にした「人」と「システム」』(東邦出版)。

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