ベルギー2部で奮闘する19歳・古賀俊太郎 15歳で単身渡欧、前例のない道筋でプロに

中田徹

東京V、レスター、ズウォレを経てベルギーでプロに

ブリュッセル市内で取材に応えた古賀。98年生まれの東京五輪世代だ 【中田徹】

 名門アンデルレヒトの10番を背負う森岡亮太、『スシボンバー』の愛称を与えられたヘントの久保裕也、今季レギュラーシーズン最終節で3ゴール1アシストを記録しオイペンの奇跡的残留に貢献した現人神・豊川雄太、将来に期待のかかるシント・トロイデンVV(STVV)の大型センターバック冨安健洋――。今、ベルギーリーグに続々と日本人プレーヤーが集まっている。

 さらに今年2月、古賀俊太郎という19歳のMFが、2部リーグのウニオン・サン・ジロワとプロ契約を交わした。日本では聞き慣れない名前のクラブだが、かつてベルギー王者に11度も輝いた名門だ。ブリュッセルの街を歩いていると、古賀が「あ、ウニオンのワッペンだ!」とカフェのドアを指さし、「今はアンデルレヒトがビッグクラブになりましたが、ウニオンはブリュッセルでとても愛されている温かいクラブなんです」と言った。

 私が古賀のことを知ったのは2015年夏のことだった。オランダのサッカー専門誌『フットボール・インターナショナル』をパラパラとめくっていたら、ズウォレの特集ページの写真に、1人の日本人らしき少年が写り込んでいた。「彼は誰だ!?」と検索してみると「古賀俊太郎」という名前にいき当たった。東京ヴェルディのジュニアユースからレスター・シティのユースを経て、ズウォレに加入したばかりの16歳(当時)が、どうやらトップチームのプレシーズン合宿に参加していたようなのだ。

 やがて、15−16シーズンのオランダリーグが開幕した。ズウォレの試合を観戦してから、ロン・ヤンス監督(当時)に「古賀俊太郎って一体、誰?」と聞いてみた。

「俊太郎はね、すごいタレントなんだよ。でも、残念ながら今は労働ビザがないんだ……」

「あえて難しい世界に飛び込んだ」

 チームの広報が取材に協力的で、古賀のインタビューをセッティングしてくれた。ヴェルディのユースからトップチームに上がるのが、彼にとって最も簡単なプロへの道だった。「そこをあえて難しい世界に飛び込んだ」。それがレスターに入った理由だった。

 レスター・ユースの監督はイニゴ・イダケスというスペイン人指導者だった。

「イングランドのサッカーだったら、自分は中盤でボールに触れなかった。でも、イニゴはちゃんとつないで中盤を作るサッカーにしてくれた。点を決めないといけなかったし、1対1でも勝たないといけなかったけれど、イングランドで自分は違う色を出して目立つことができました」

 しかし、英国の労働ビザを取得するには日本代表に呼ばれ続けることが必要という事情もあり、1年半でオランダに移ってきた。

「(14−15シーズンの終わりに)ズウォレの練習に参加したら気に入ってもらえて、『来季のプレシーズンはトップチーム』と、いきなり言われました。プレシーズンマッチに4、5試合出させてもらって、『早いなあ。すごい世界だなあ』と思いました」

 古賀とズウォレの間では、16年8月27日の誕生日で18歳になるのを待って、プロ契約を結ぶことになっていた。私もその日を待ちわびた。しかし、無情にも吉報は届かなかった。私も幾度かクラブに直接、事情を聞きたいと思ったが、それがかえって青年の将来にとってあだとなる可能性も考え、行動を思いとどまった。やがて、風のうわさで古賀がズウォレを退団し、新たなクラブ探しに奔走しているということを知った。そしてこの冬、ようやく彼はウニオンとの契約にこぎ着けたのだ。

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著者プロフィール

中田徹

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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