正直者の桜花賞・フィニフティ 「競馬巴投げ!第166回」1万円馬券勝負

乗峯栄一

正直者を探す「桜と斧(凶器)」

[写真3]ツヅミモン 【写真:乗峯栄一】

 どういう訳か「桜と斧(凶器)」は正直者を探す上で、最も強力な武器になると、古来多くの人間がドラマに仕立てている。

 ジョージ・ワシントンの父は、折られた自分の桜の木に呆然としていた。そこに斧を持ったジョージ・ワシントンがやってきて「お父さん、桜の木を根元から斧でバッサリやったのは私です」と告白する。父は怒ることなく「お前のその正直さは千本の桜に勝る」と言って誉め、ジョージ・ワシントンはアメリカの初代大統領になった。

 帝政ロシア末期のアントン・チェーホフも戯曲「桜の園」で、桜の木と斧の話を書いた。

「私はただの正直者なのに、悪徳不動産業のロパーヒンが、ああ、あの欲張りロパーヒンが、私の自慢の桜の園の木を全部斧で切ってしまって、別荘地に変えてしまった」と零落貴族のラネーフスカヤ夫人が嘆く。

 不動産業者ロパーヒンはそれには答えず、ただ黙々と「桜の園」の桜の木を斧で切り倒して、別荘地にし、おかけで破産寸前のラネーフスカヤ夫人はパリで優雅な一生を終えることが出来た。

“花咲か爺さん”もそうだ。

 正直爺さんのポチが“ここ掘れワンワン”と鳴くので、そこを掘ると大判・小判が掘り出される。それをねたんだ隣の意地悪夫婦が無理やりポチを連れ去り、財宝を探させようとするが、出てきたのはガラクタばかり。意地悪夫婦は激怒して、可哀想にポチを殺す。正直爺さんはポチの墓に木を植えたが、その木はすぐに大木に成長し、その大木でウスを作って餅をついたら財宝があふれ出た。意地悪夫婦にウスを貸したら、また出てくるのはガラクタばかり。怒った意地悪夫婦は、斧で臼を打ち割って薪にして燃やしてしまう。正直爺さんは灰を返してもらい、その灰を桜の枯れ木に撒くと、花が満開になり、たまたま通りがかった殿様が感動し、正直爺さんをほめて褒美をくれる。意地悪夫婦も真似をするが、花が咲くどころか大名の目に灰が入ってしまい、意地悪夫婦は無礼をとがめられて罰を受けた。

私のような正直者だけがいい目を見るのが桜花賞だ

[写真4]デルニエオール 【写真:乗峯栄一】

 しかし、一部では、この正直爺さんが撒いたのは大量花粉で、花粉散布が流行ったおかげで、今日の“花粉症”につながったという説もある。

 また正直爺さんは、はじめから「正直爺さん」と紹介されているのであって、何をもって「正直」だったのかが書かれていない。

○正直爺さんは自分に不利益なことを言った訳ではない。
○正直爺さんには正直婆さんも付いていて、孤独ではなかった。

 この二点から「正直爺さん」がなぜ「正直」と言えるのかは不明である。

 戦後無頼派の一人とも言われる坂口安吾は「桜の森の満開の下」という小説を書き、「安吾作品の最高峰だ」という評論家もいるが(ぼくは何度読んでもいい作品とは思えないが)、この作品も「刀・斧を持った極悪非道の盗賊も満開の桜の下では、自分の罪におののいてしまう」などと書かれている。

 仁川の桜も、異常気象で盛りを過ぎてしまったが、正直じゃない人は競馬場に出掛けても、意地悪爺さんのように罪を受けるだけだ。

○いつも自分に不利益なことを言い
○いつも孤独な人間

 そう。私のような、そして前川前事務次官のような正直者だけがいい目を見るのが桜花賞だ。あ、でも、“いい目”をみると、もう孤独じゃなくなるか。みんな寄ってくるからなあ。困ったなあ。

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著者プロフィール

 1955年岡山県生まれ。文筆業。92年「奈良林さんのアドバイス」で「小説新潮」新人賞佳作受賞。98年「なにわ忠臣蔵伝説」で朝日新人文学賞受賞。92年より大阪スポニチで競馬コラム連載中で、そのせいで折あらば栗東トレセンに出向いている。著書に「なにわ忠臣蔵伝説」(朝日出版社)「いつかバラの花咲く馬券を」(アールズ出版)等。ブログ「乗峯栄一のトレセン・リポート」

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