「勝てば五輪」、単純明快な準決勝へ 大岩ジャパンは「本当の責任」を背負って戦う

川端暁彦

前日の公式記者会見で、イラクのシェナイシル監督と握手を交わす日本の大岩監督(右) 【AFC】

美しい試合か、パリへの切符か

「美しい試合をするのはいいことです。けれど、明日の試合は勝たなければならない」

 もしもU-23イラク代表のラディ・シュナイシェル監督の言葉を、4強に残った3チームの監督が聞いたなら、一斉に頷いていたことだろう。ちょっとした苦笑いを浮かべながら、かもしれないが。

 4月15日に開幕したAFC U23アジアカップは4強が出そろい、いよいよ準決勝を迎える。

 パリ五輪への予選を兼ねるこの大会で、アジアに与えられた枠は「3.5」。上位3チームに入れば、本大会へストレートイン、4位ならばギニア(アフリカ4位)とのプレーオフ送りという流れである。つまり、準決勝は「勝てば五輪」という試合になる。

 冒頭のコメントはイラクの記者がここまでの試合の美しくない内容に不満を述べ、選手たちの力を引き出せていないと暗に采配を腐してきたことに対し、イラクの指揮官が言い切った言葉である。

「私たちには大きなプレッシャーがかかっていて、だからこそ勝つこと、そして美しい試合を“しない”ことに取り組んでいる」

 シュナイシェル監督は、ここは内容じゃなくて結果を求める場だろうということを強調したわけだ。それは、各国代表チームが背負っている責務のようなものでもある。

 シェナイシル監督は1993年のアメリカW杯予選において、イラク代表の一員として奮闘を見せていた選手である。アディショナルタイムに同点ゴールが生まれ、日本が初めての世界切符を逃した試合「ドーハの悲劇」にも出場している。

 この試合、日本にとっても「悲劇」だったが、イラクにとっても、アメリカに打ちのめされた湾岸戦争直後の混迷に揺れながらも奮闘した代表チームが、そのアメリカで開催されるワールドカップ出場権に手が届きそうで届かなかった「悲劇」の予選である。

 国際大会におけるそうしたギリギリの攻防によって分かれる悲喜こもごもを肌で感じてきた人だからこそ、「私たち代表チームは、イラクの人々に対して多くの責任を負っている」という言葉と共に紡がれた、「結果」へのこだわりには説得力があった。

 一方、似たような視点からの発言は、日本のMF山本理仁(シントトロイデン)からも聞かれた。

「チーム全員23人、スタッフ含め、きれいなサッカーだけじゃなく泥臭く切符をもぎとる気持ちでやっていきたいと思っています」

 ここで狙うのは美しい試合を見せ付け、ゴールデンウイークが始まったばかりの祝日の深夜、ファンの無聊(ぶりょう)を慰めることではない。パリ五輪の切符をつかみ取ることである。

 世代屈指の技巧派であり、試合の「内容」には常に一家言ある山本がそう言い切るのだから、チームの方向性は明瞭とも言える。

 変な色気は要らない。ここで欲しいのは勝利だけ。それは恐らく、両チームの選手たちが共通して抱く要素だ。

対日本シフトは覚悟の上

試合のコントロール役を担う藤田(左)。カウンターを避けつつ、急所をえぐれるか 【Photo by Zhizhao Wu/Getty Images】

 ただ、その一方で、「では勝つために何をしていくのか」という点において、日本とイラクの考え方は同一ではないだろう。

 MF松木玖生(FC東京)が「自分たちのサッカーをすることができれば勝つことができると思うし、そういった自信をみんな各々持っていると思う」と強調したように、日本がフォーカスするのは、まず「自分たち」だ。

 根底にあるのは「強度の部分だったり、相手のレベル的にはヨーロッパで経験しているようなチームの方が高いし、北米勢のほうがすごく高い印象がある」とMF藤田譲瑠チマ(シントトロイデン)が言うように、アジアの戦いにおいて、個々のスキルや強度に関して、何か驚きを受けたり、圧倒された感覚もない。

 大会前の練習試合で対戦済みのイラクとの距離感は肌感覚として選手が持っているので、「ボールは持てると思う」といった声も多く聞かれた。頭にあるのは、その上でどう刺していくかということと、相手の武器であるカウンターに気を付けながらの攻勢を持続する狙いである。

 いずれにしても共通するのは、ここまで練習含めてやって来たことを継続し、共通理解のある攻守をもって戦って打ち克つというイメージだ。

 一方のイラクはどう出るか。今大会の映像を見た日本の選手たちから「つないでくるチーム」という印象も聞かれたが、「対日本」でのゲームプランは別にあると見るべきかもしれない。

「つなぐ」中心であるキャプテンのMFムンタヘル・モハンメドが累積警告により出場停止。試合を見た松木が「キープレーヤーだと思った」実力派の不在は戦い方にも影響を与えるはずだ。より現実的に、より強かに、「結果」にフォーカスした戦術を採用してくる可能性は高い。

 グループステージ最終節の韓国戦、準々決勝のカタール戦と、「フタを開けたら相手が5バックだった」という事前の想定と異なる、つまり相手が急に「対日本仕様」の守備的布陣を採用してくるという試合が連続している。

「これはもう同じですよね」と笑った大岩監督も、イラクが「日本を破るという形で入ってくる」、いわば対日本シフトを敷いてくることは織り込み済み。これまでの反省も踏まえつつ、この試合にそうした蓄積をぶつけたい考えだ。

 こうした対日本シフトについて松木は「全然、自分は大丈夫だと思いますし、5バックを敷かれても、相手の引き出し方によって空いてくるところも多くなってくる」と、カタール戦の内容も踏まえて攻略の準備はできていると明かす。

 また「相手を見てサッカーをする」重要性も各選手から聞かれたワードで、相手の布陣や攻守の狙いに応じた戦い方の選択もキーファクターとなる。その点、大会を戦いながら引き出しを増やし、共通理解を積み重ねてきた成果も問われることになりそうだ。

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著者プロフィール

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣の『エル・ゴラッソ』をはじめ、『スポーツナビ』『サッカーキング』『フットボリスタ』『サッカークリニック』『GOAL』など各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。近著に『2050年W杯 日本代表優勝プラン』(ソル・メディア)がある

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