眠れる龍を覚醒させた「アツマーレ」とは J2・J3漫遊記 水戸ホーリーホック 前編

宇都宮徹壱

途方もない野心を抱いている今季の水戸

今季ファーストゴールを挙げた、ジェフェルソン ・バイアーノ。今年の水戸は何かが違う 【宇都宮徹壱】

 2018年シーズンのJリーグ開幕は、ケーズデンキスタジアム水戸(以下ケースタ)で迎えることとなった2月25日の日曜日、ホームの水戸ホーリーホックはモンテディオ山形を迎えていた。すでに偕楽園の梅の花は見頃となっていたが、スタジアムは底冷えの寒さで、ビギナーが気軽にサッカー観戦するにはもう少し時間が必要だろう。それでもこの日、ケースタには7858人もの観客が訪れた。昨シーズンの平均入場者数が4931人。開幕戦であることを差し引いても、これはかなりの大入りと言っていいだろう。

 水戸というクラブについて、私は定期的にウォッチする機会を得ていた。当連載が始まって間もない12年6月には、平均入場者数J2最下位を脱出した背景について取材している。その後も、「ベトナムのメッシ」ことグエン・コン・フォン加入によるインバウンド戦略(16年)、あるいはアニメ番組『ガールズ&パンツァー(ガルパン)』とのコラボレーション(17年)など、J2クラブの中でもかなり攻めの姿勢を見せていたのが、水戸というクラブに対する私の認識であった。
 14時キックオフとなった山形との開幕戦は、彼らの意気込みがそのまま試合内容に反映される格好となった。開始早々の2分、水戸はコーナーキックのチャンスから新戦力のジェフェルソン・バイアーノが押し込んで先制。23分には岸本の折り返しに、ジェフェルソン・バイアーノがおとりとなり、黒川淳史が右足で蹴り込んで追加点を挙げる。さらに後半8分にも、PKのチャンスをジェフェルソン・バイアーノがきっちり決めて3点目。その後の山形の反撃も堅実な守備でしっかり抑え、水戸は3−0という理想的なスコアで開幕戦を勝利で飾った。

 J2が開幕して2シーズン目の00年にJFLから昇格。以来、昇格することも降格することもなく、水戸はJ2というカテゴリーにとどまり続けてきた。J2在籍19シーズンというのは、もちろん最長記録。誤解を恐れずに言えば「水戸ほどJ2を象徴するクラブはない」とも言えよう。そんな「J2の風景の一部」となっていた水戸が、今季は何やら途方もない野心を抱いているようだ。これは日をあらためて、取材するほかないだろう。

「54クラブでもトップクラス」と評価されたアツマーレ

城里町に完成した水戸の新しい拠点「アツマーレ」。竣工式に訪れた村井チェアマンも絶賛 【宇都宮徹壱】

 開幕戦から3週間が過ぎた3月14日、上野から特急ひたちに乗車して、再び水戸を訪れた。この間、チームは2勝1分けの無敗で3位に付けていた。「やはり、今年の水戸は何かが違う」──そんな思いを新たにしながら、水戸駅北口を出ると、クラブスタッフの市原侑祐が車を回して待ってくれていた。一通りのあいさつを済ませてから、水戸駅を出発。さっそくアツマーレについて尋ねてみる。まず気になるのがアクセス。水戸の新しい練習拠点となった城里町とは、どれくらい離れているのだろうか?

「水戸駅からだと、だいたい車で40分くらいです。水戸市や笠間市と隣接しているのですが、それなりの距離感がありますね。水戸駅からアツマーレ付近まで路線バスも出ていますが、乗り換えの接続はよくないですし、そもそも本数が少ないのでおすすめできません。今は、水戸本社とアツマーレを行ったり来たりしている状況で、僕もようやく慣れました(笑)」

 やがて車は水戸市を過ぎて、城里町に入っていく。「町」と言っても「山奥」といった表現のほうが似つかわしい。常北町、桂村、七会村という3町村が「平成の大合併」により05年に城里町が発足。当初は2万3000人ほどの人口だったが、ご多分に漏れず少子高齢化と人口流出により、ここ10年でおよそ3000人ほど減少している。町内にある3つの中学校のうち、町立七会中学は15年3月に最後の卒業生を送り出して閉校。実はこの七会中の跡地に作られたのが、アツマーレだったのである。再び、市原。

「1月28日の竣工式には上遠野(かとうの)修町長やJリーグの村井(満)チェアマンにも来ていただきました。チェアマンからは『クラブハウスとしては、54クラブでもトップクラスの設備だと思います』とのお褒めの言葉をいただきました。そのあと『54人が入れる会議室はあるの?』とお尋ねになったので、ウチの社長の沼田(邦郎)が『ありますよ』と言ったら、『じゃあ、4月の(Jリーグ)実行委員会はここでやろう』と。1月31日にはJリーグの関係者が実行委員会開催に向けて視察にいらっしゃいましたね」

 その記事は私も読んだ。チェアマン就任以来、すべてのJクラブのスタジアムやクラブハウスを訪れているだけに、「54クラブでもトップクラス」という村井の発言には、大いに説得力が感じられる。それではアツマーレのどういったところに、チェアマンは高い評価を与えたのだろうか。水戸駅を出発してから40分、車は目的地に到着する。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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