眠れる龍を覚醒させた「アツマーレ」とは J2・J3漫遊記 水戸ホーリーホック 前編

宇都宮徹壱

新監督の長谷部が考える「J1ライセンスの有無」

今季から指揮を執る長谷部監督。「チームも環境も一新する」という言葉に即決したという 【宇都宮徹壱】

 車を下りてまず視界に飛び込んできたのが、青々とした練習グラウンドである。広さは1万5720平方メートル。フルコートが2面、ゆったり確保できる広さだ。芝の状態も悪くない。というより、水戸のかつての練習施設「ホーリーピッチ」と比べるのが申し訳ないくらい、クオリティーが高い。この日は天候に恵まれていたこともあって、撮影ポジションを探してピッチの脇を歩いていると、大げさでなく、何やらヨーロッパの地方クラブにでも取材に来たような気分になる。

 ちょうど水戸の選手たちは、仕上げのミニゲームに汗を流していた。スタメンで出ている選手も、控えに回ることが多い選手も、いずれも生き生きとした表情でボールを追いかけている姿が印象的だ。「練習環境が改善されたことが、選手たちのモチベーションにつながっている」という話を聞いていたが、実際にここを訪れてみると十分に納得できる。現在の3位(取材した3月14日時点)というポジションも、実のところ「アツマーレ効果」に負うところが大きいのではないだろうか。練習後、今季からチームを率いる監督の長谷部茂利に話を聞いた。

「オファーをいただいた時に『(来季は)チームも環境も一新するので、ぜひ力を貸してほしい』と言われて即決でしたね。外から見ていて、水戸の選手は真面目でサッカーに取り組む姿勢に好印象があったし、さらに成長する可能性があるとも感じていました。そして何と言っても、ここの施設ですよね。スタジアムからは離れていますが、天然芝が2面あってクラブハウスもある。あと、ここは空気がいいですよね。僕がいたジェフ千葉は、スタジアムとクラブハウスと練習場が固まっていて便利は便利でした。ただし、工場地帯が近くにあるし、車の往来も激しかったので、あまり空気はよくなかったんですよ」

 もうひとつ、新任指揮官にぜひとも聞いておきたいことがあった。古巣の千葉が、毎年のように「J1昇格」を義務付けられていたのとは対照的に、J1ライセンスがない水戸は「シーズン終盤になると選手のモチベーションを維持させるのが難しい」という課題をずっと抱えていた。水戸の監督を引き受けるにあたって、そうした懸念はなかったのだろうか。

「そこは感じていなかったですね。選手にとって『J1に昇格することがすべてか?』と問われれば、必ずしもそうではないと思います。彼らが懸命に練習するのも、ただ目の前の試合に勝つためだけでなく、『純粋にサッカーが好きだから』とか『選手としてもっとうまくなりたい』といったモチベーションがきっとあると思います。ただ、社長からは『今年はJ1ライセンスが交付されるように最大限の努力をする』とも聞いています。実現すれば、もちろんプラスアルファになるでしょう。でも、それがすべてではないですね」

街中から離れているからこそのメリットとは?

水戸から遠いアツマーレについて「この距離感を生かしていきたい」と語る西村強化部長 【宇都宮徹壱】

 練習グラウンドに続いて、今度はクラブハウス内を市原に案内してもらった。実は当初、「廃校になった校舎を改装してクラブハウスに」と聞いたとき、どうにも全体像が湧かなかった。中学の校舎といえば、(少なくとも私の世代であれば)3〜4階建ての長方形の建物に教室がいくつもあるようなイメージが思い浮かぶ。クラブハウスにするには、サイズが不釣り合いのような気がしてならなかったのだ。しかし実際に訪れてみると、少子化の影響もあるのだろう、かつての校舎は2階建てのコンパクトな作りになっていた。

 それぞれの部屋を見学して感心したのが、かつての教室が間仕切りされていて、クラブハウスに適した広さにリサイズされていたことだ。しかも、それぞれの部屋は天井が高く、圧迫感とは無縁。1階のトレーニングジムは2階まで吹き抜けとなっていて、2階にはグラウンドを一望できるベランダがあるなど、実に開放的な設計となっている。それ以外にも、ミーティングルームや食堂や研修施設、さらにはJ1ライセンスに準じたロッカールームやシャワールーム、体育館やプールなどを併設。ちなみにリフォーム代は、3億2000万円(グラウンド整備費も含む)である。校舎の建設費は、現在ならば建材の高騰などで50億円はかかるというから、それを考えればかなりの格安である。

 確かに、アツマーレの施設は非常に魅力的だ。とはいえ、やはり水戸市内やケースタまで距離があることが、どうしても気になるところ。選手の間から不満は出ないのだろうか? 私の疑問に応えてくれたのは、強化部長の西村卓朗である。現役時代は、浦和レッズや大宮アルディージャ、さらには米国の独立リーグでもプレー。11年にコンサドーレ札幌でプレーヤーとしてのキャリアを終えた。現職になって、今年で3年目である。

「もちろん、近いに越したことはないです。でもわれわれは、逆にこの距離感を生かすことで、選手の午後の時間をいかに有意義に使わせるかを考えています。練習が正午に終わって、ここで昼食をとったら、午後の時間の過ごし方は選手に任されています。アツマーレなら筋トレの設備もあるし、身体をケアするスタッフもいます。映像を使ったミーティングとか、講師を呼んで語学の勉強なんかもやろうと思えばできるわけですよ」

 つまり街中から離れているからこそ、練習後もここに残って、自分に必要なものを取り入れることができるわけである。ただ、立派な施設を作ればよい、という話ではない。そこに西村自身がずっと抱いてきた問題意識──すなわち「かけがえのない現役時代を、より長くするためにクラブ側が何を提供すべきか」、あるいは「現役を終えたときに、自身が経験してきたことをいかに社会に還元すべきか」といったテーマがかけ合わさることで、アツマーレはさらなる可能性を選手たちに与えることになる。最後に西村は、こんなアイデアも披露してくれた。

「週に2回、新たな午後の活用方法を選手に対して企画しました。1つは、週末に出場した公式戦やトレーニングマッチのゲーム分析をパソコンを使って自ら行うこと。もう1つは、毎週木曜日に内部や外部からさまざまな講師を招き、グループワークや講義を行う取り組みです。時にはスポーツ科学や異業種の方を招いて、普段選手が接することのない情報に触れてもらい、知識習得をしてもらう。今年度は32コマのスケジュールで予定しています。

 選手が個人で何かを学ぼうと思っても、お金の面やネットワークを考えると簡単なことではありません。そこで、企画と運営をクラブが行い選手に参加してもらおうと考えました。選手にさまざまな刺激を与え続けることで、ウチの選手の価値を高めていきたい。もちろんこれは、クラブや監督の理解があって初めて実現できることですけれどね」

<後編につづく(4月13日掲載予定)。文中敬称略>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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