“神の左”に終止符を打った山中慎介 ボクシングは「人生そのものでした」

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引退会見を行ったプロボクシングの元WBC世界バンタム級王者の山中慎介 【スポーツナビ】

 プロボクシングの元WBC世界バンタム級王者である山中慎介(35、帝拳)が26日、都内ホテルで引退会見を行った。

 山中は2006年1月にプロデビューすると、10年6月に日本バンタム級王座を獲得。日本王者時代には現IBF世界スーパーバンタム級王者の岩佐亮佑(28、セレス)を破り初防衛に成功した。11年11月にプロ17戦目で世界王座に挑戦し、同級2位のクリスチャン・エスキベル(メキシコ)との王座決定戦を制してWBCの緑色のベルトを手に入れた。

 そこから山中は、代名詞ともいえる“神の左”を武器に防衛記録を重ね、アンセルモ・モレノ(パナマ)とは2度の戦いで決着を付ける。17年3月のカルロス・カールソン(メキシコ)戦ではV12を達成した。日本記録である具志堅用高氏の世界王座13度防衛まで目前に迫ったが、17年8月のルイス・ネリ(23、メキシコ)戦で4回TKO負け。試合後にネリから禁止薬物の陽性反応が出たことで、ゴタゴタ劇もあったが、王座陥落から半年後に再戦が決定。しかし、これが最後と決めた試合ではネリの体重超過もあり、後味が悪い結末を迎えてしまったが、試合後には引退を明言していた。

 会見で山中は「『本当にこれで終わるのか』と思うと寂しい気持ちは正直あります。それでも、本当に今までここまでよくやってこられたなと自分自身に言ってあげたい」とコメント。最後の試合では調整をやり切ったことで、「自分自身に勝てたというのが、スッキリした気持ち」と引退に悔いはないと話した。

 以下、山中の引退会見でのコメント。

“神の左”に「その言葉に恥じないような試合はしてこれた」

会見中は終始穏やかな表情で語り、「本当に悔いはないですし、今まで頑張ってきた」と心境を伝えた 【スポーツナビ】

 本日はお忙しい中お集まりいただきまして、ありがとうございます。このような場を用意していただいた、(帝拳ジムの)本田明彦会長、長野ハルマネジャー、ありがとうございます。

 15歳からボクシングを始めて20年。本日を持ちまして、ボクサー山中慎介は引退します。これまで本当にいろいろな方に応援していただきました。帝拳ジム、後援会の皆様、ボクシング関係者の皆様、家族、そしてファンの皆様に支えられてきました。

 これまで勝ち続けてきて、大変な思いもあり、苦しいこともありましたが、それ以上にボクシングを通じて成長させていただきました。

 今後については、まだはっきり決まっていませんが、ゆっくりと家族と過ごしながら決めていきたいなと思います。みなさん今まで、本当にありがとうございました。

――引退を迎えて、今の気持ちは?

 今年の3月1日が最後の試合になりましたが、「本当にこれで終わるのか」と思うと寂しい気持ちは正直ありますね。それでも、本当に今までここまでよくやってこられたなと、自分自身に言ってあげたいです。

――ほっとした安心感もある?

 ここまで本当に、僕も頑張ってきたという思いもありますし、試合の2日後には、目が覚めて、「あ、今日は土曜日だからまた走らないといけないな」と思ったのですが、もう試合が終わって、ボクシングをやることはないか、もういいんだと思ったときには少し寂しかったです。それでも本当に悔いはないですし、今まで頑張ってきました。

――中学の時、卒業文集で「世界チャンピオンになる」という言葉を書かれていたが、その夢を実現されたボクシング人生については?

 中学生の卒業文集では「WBCの世界チャンピオンになりたい」と書いてボクシングを始めましたが、12度も防衛できて、目標よりもはるか上の世界に行けたというのは、非常に満足していますね。

――WBC世界バンタム級王座のベルトは辰吉丈一郎選手、長谷川穂積さんも巻いていたベルト。名チャンピオンが巻いていたベルトを引き継いで、防衛を重ねていたが、そのベルトの価値は?

 歴代の偉大な先輩が巻いていたベルトというのもありますし、またバンタム級は日本人にすごく馴染みのある階級だと思います。「あしたのジョー」もそうでした(笑)。
 そういった方たちが積み上げてきたものを、僕がバンタム級のチャンピオンとして12度防衛を達成できたことは、その価値を少し高められたかなと思っています。

――プロデビューして以来、一番印象に残っている試合は?

 自分でもプロで何戦したか忘れてしまう具合なのですが、やはり、モレノとの再戦(16年9月)ですかね。
 モレノと1度、際どい判定(15年9月、判定2−1で山中が判定勝利)で、再戦が決まってから、どういう風に自分を変えていくかと非常に悩んで、いろいろと挑戦の中で難しいものがありましたが、それを実際、9月16日にリングの上で、ああいう風な結果(7回TKO勝利)を出したということは満足していますね。

 また僕の試合の前に長谷川さんが劇的な勝ち方(メキシコのウーゴ・ルイスと対戦し、相手が9回に棄権。WBC世界スーパーバンタム級王者になり3階級制覇を達成)をしていたので。僕を応援してくれた方もそうですし、ファンの皆様の心にも残っているかなと思います。非常に満足した試合でした。

――12度の防衛で日本歴代2位の記録を達成したが、これほど強いチャンピオンになれた理由は?

 まず僕にボクシングを教えてくれた南京都高校の先生、そして途中にモンゴルから来てくれたコーチ。その影響もありますし、帝拳ジムに入門してからは本田会長、浜田(剛史)さんを始めたとしたジムの方々が僕を成長させてくれました。そして、僕が日本ランカーに入った時に、後援会を立ち上げてくれて、僕を毎試合サポートしてくれたので、本当にみなさんの力を借りてここまで成長することができました。

 あとは少しの、自分の才能と努力はあると思いますけどね。(笑)

――高校時代に右構えから左構えに変えて、左ストレート、“神の左”が生まれたわけですが、山中選手にとって“神の左”とは?

 後援会を立ち上げてもらって、そこまでは“神の左”という呼び方はなかったのですが、左で結果を出すにつれて、僕の後援会、多分、僕の同級生が名づけてくれたと思います。そして“神の左”というTシャツを作ってくれて、「それは大げさやろ」と思った部分もありましたが、それでもそこからずっと、左のパンチで結果を出し続けてきたので、皆様も違和感なく、“神の左”という言葉を口にしてくれるようになりました。僕自身もその言葉に恥じないような試合はしてこれたかなと思います。

――山中選手にとってボクシングとは?

 僕は本当に、これまでの人生で、ボクシングで一番成長させてもらったと思っていますし、僕の人生そのものですね。「山中慎介=ボクシング」です。

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