名実ともにナンバー1となった山中慎介 防衛記録更新より望まれる強敵の出現

船橋真二郎

1ラウンドから“決着”狙い打ち合う

1年前の試合に“完全決着”をつけた山中がV11を達成 【写真は共同】

「モレノが、あんなふうにキレイに倒れる姿を見て、ちょっと残酷ですけど、気持ち良かったです」

 この言葉の裏にある強烈な負けん気の強さこそが、山中慎介(帝拳)の魅力だろう。9月16日、舞台を東京・大田区総合体育館からエディオンアリーナ大阪第1競技場に移して行われたアンセルモ・モレノ(パナマ)との昨年9月22日以来となる再戦。1年前は拮抗した接戦を2−1の僅差判定で辛うじてものにした形だっただけに“完全決着”に懸ける山中の思いは強かった。

 緊迫した技術戦、じりじりするような心理戦となった初戦から一転、試合はいきなりクライマックスを迎えた。先制したのはモレノである。互いに攻撃的な右の差し合いから、山中の右の打ち終わりに左をかぶせて、モレノが左右を連打。これをことごとくもらった山中も、思いきりよく左を狙っていく。前回より明らかに距離の近いところでパンチが交錯し、迎えた1ラウンド終了間際だった。モレノが右ボディフックを打ち込んできたところに山中が左ショートフックを肩越しから打ち下ろすように合わせると、卓越したディフェンス能力を持つ“幽霊”はキャンバスに這った。

“完全決着”を望んでいたのはモレノも同じだった。リスクを冒して、明白な勝利をつかもうと攻めて出た。やはり、かつてWBA王座を6年にわたって12度防衛した元王者も、さすが一流のボクサーだと称えなければならない。前がかりに仕掛けてきた分、山中の左のタイミングが合い始めるのも早かったが、今度はモレノが牙をむく。4ラウンド、山中の左が加速するかと思われた矢先、返しの右フックにモレノの右フックがカウンターで炸裂。腰を落とした山中は、たまらず後方に転がった。

 モレノにしてみれば、狙っていたパンチのひとつだったろう。前回の9ラウンドにも、ほとんど同じタイミングの右フックで山中を腰砕けにしているし、今年3月のリボリオ・ソリス(ベネズエラ)戦でも、山中は返しの右フックに合わせた右カウンターで2度ダウンを喫していた。「自分が(左を)思いきり打つ分、(右フックの)開きが大きくなり、合わされるタイミングと分かっていながら、我慢できずに行ってしまった」と、悪いクセなのは山中も気づいているのだが。直後の公開採点は38対37で2者が山中、1者が37対37。モレノが追い上げて迎えた5ラウンドにも、同じパンチの交換で山中が大きくよろめく。ここは踏みとどまり、ダウンこそ免れたものの、会場に不穏な空気が広がった。

モレノが意地で立ち上がるも左で粉砕

最後はやはり“左”で決着をつけた 【写真は共同】

「倒れといてパンチがないというのも何ですけど、あとに引きずるパンチではなかったので、焦りはなかった」と、山中もすでに左のタイミングはつかんでいた。「シンプルにワンツーで行け」という本田明彦・帝拳ジム会長の指示を受け、修正した6ラウンド、山中は左ストレートで豪快に倒し返す。
「当てないジャブからのワンツーが、(モレノには)見えてなかった。当てる右にすると、右を打つための体重(重心移動)になる。細かいですけど、その感覚を途中からつかみました」

 試合の中で相手との距離感、自身の感覚を微調整し、左の精度を高めていくのは山中の真骨頂。まともにもらったモレノは完全に効いた。なりふり構わずクリンチでしのいだが、もう余力は残っていなかった。

 7ラウンド開始早々、左カウンターをズバリ合わせ、モレノがキャンバスに崩れ落ちる。勝負あったと思われたが、立ち上がったのはモレノの最後のプライドだっただろう。それでも、すぐに捕まえ、コーナー際に追いこむと、山中は左また左でフィニッシュを狙う。モレノはボディワークを駆使し、頭の上、鼻先をかすめさせたが、左強打の威力に煽られるように座り込んだところで、レフェリーがノーカウントでストップした。

KO負けなしのモレノを倒しバンタム最強に

長谷川(右)の3階級制覇とともに、山中の劇的KOで会場は最高潮の盛り上がりとなった 【写真は共同】

「前回、モレノに苦戦したので、危ないかなと思ってる方もいたと思うんですけど、バチッと見返してやりました」

 リング上で声を弾ませる山中の腰には、アメリカ・リングマガジン誌認定のチャンピオンベルトが巻かれた。
「本当に幸せな気分。ボクシングをやってて、良かったです」

 新たな栄誉に加え、これまでの長いキャリアでKO負けがなかったモレノを倒して、名実ともにバンタム級ナンバーワンを証明した。ダウン応酬のスリリングな展開から完璧にフィニッシュした試合は年間最高試合の声も上がった。実際、対戦相手の格から見ても、最有力候補。長谷川の劇的な王座返り咲きと合わせ、エディオンアリーナ大阪第1競技場に詰めかけた6500人の観衆にとっても、最高の夜になったに違いない。

 山中はWBC世界バンタム級王座を11連続防衛。内山高志(ワタナベ)と並び、日本人歴代2位タイとなり、具志堅用高の日本記録13まで、あと2と迫ったことになるが、山中、本田会長の視線は記録には向いていない。だが、問題は「アメリカで試合をやりたくても、いいライバルがいない」(本田会長)こと。他団体王者との統一戦は山中も望むところでも、団体間、王者陣営との調整を含めて、そう簡単な話ではない。山中の次戦の予定は年が明けた1月。強いライバルを相手にしてこそ、その左がさらに輝くことは、あらためて証明したのだが。
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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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