山中慎介、踏みにじられたフェアな戦い ボクシングを冒とくしたネリの失態
ネリの計量失敗に「ふざけるな」
ネリが軽量に失敗すると、山中は思わず「ふざけるな」と声を上げた 【写真は共同】
影響はフィジカル面だけにとどまらない。岩佐にも過去にIBFの挑戦者決定戦という大事な試合で米国まで乗り込みながら、相手に体重オーバーされた経験があった。
「現実味がないというか、変な感覚になった。(通常でも)試合に向かう恐怖はあるじゃないですか。それが『試合がなくなるのか?』とか、よく分からない状況になって、解放されるんですよ。心を揺さぶられた状態から、その精神状態にまた持っていくのは難しいと思ったし、それでリングに上がることになるのは不安で怖かったですね」
岩佐の場合は結局、試合は中止になるが、メンタル面に与える影響は大きく、気持ちの立て直しが難しいと分かる。それが危険であることも、また言うまでもない。
山中は1回目の計量に失敗したネリに思わず「ふざけるな!」と声を上げ、怒りと、悔しさと、失望と……さまざまな思いのこもった涙を流した。
「試合に向け、(山中が)積み重ねてきた緊張感とモチベーションが、昨日の計量で違う方向にいってしまった。それが24時間あれば、戻ってくると思ったけれど……」
浜田剛史・帝拳ジム代表はネリの計量失格が山中の心理に与えた影響を指摘し、山中自身も「イラつきは収まらなかった」と試合後に吐露している。
日本ボクシングコミッションの関係者は「一方が体重オーバーした試合は原則、認めない」という。本来なら、決して行われるべき試合ではないのだ。だが、大きな試合となると、あくまでも興行が優先され、当事者間で協議の上、たとえば今回のような「試合当日12時の時点で58キロの計量をクリア」などの条件がつけられて敢行されるケースがほとんどだ。結果として試合を中止にすることができない“弱み”を持つ、ルールを守った側が不利になるという矛盾が生じてしまう。
あまりにもやるせない最後
これが記録にも記憶にも残る名王者の最後の試合になるとは、あまりにもやるせない 【写真は共同】
昨今、このような体重オーバーは世界でも後を絶たないが、理由はネリのこのコメントからも見て取れる。
「試合に関しては、効いてしまったので仕方がない。短い試合だったが、この日まで1日1日やってきて、結果にかかわらず調整には納得している。だから、現役続行を決めて良かった。息子の期待に応えられなかったことは残念だが、それでも目標に向けて頑張る姿を見せられたことは良かった」
涙の山中は気丈に語ったが、一言付け加えることを忘れなかった。
「僕より強かった。ただ人として失格。今後はちゃんとしてほしい。これはボクシング界全体にも求めたいことだが、厳しいルールを設けてほしい。そうじゃないとファンも納得しない」
日本では、昨年4月、マーロン・タパレス(フィリピン)に大森将平(ウォズ)が挑戦したWBO世界バンタム級タイトルマッチ(大森の11回TKO負け)、同年5月、ファン・エルナンデス(メキシコ)に比嘉大吾(白井・具志堅スポーツ)が挑んだWBC世界フライ級タイトルマッチ(比嘉の6回TKO勝ち)に続き、この1年間に行われた世界戦で、すでに3度目のケースになる。
この状況にあって、今後も何も変わらないなら、プロボクシングという競技そのものの危機だろう。
「もちろん、これが最後ですよ。これで終わりです」(山中)
日本歴代2位となる世界王座連続防衛12度、“神の左”と呼ばれた左ストレートから生み出される鮮烈ノックアウトの数々――。これが記録にも記憶にも残る名王者のキャリアの最後になるとは、あまりにもやるせない。