加藤未唯、成長の鍵となった3つの敗戦 「全てつながり」WTAツアー初の準V

内田暁

ボレーのミスが成長のきっかけに

WTAツアー初の準優勝を果たした加藤未唯。そこに至るまでの道のりには、成長につながる敗戦があった 【写真:田村翔/アフロスポーツ】

 加藤未唯(佐川印刷)はテニス関係者たちの間でも、高い運動能力で知られる選手である。ダブルスパートナーの穂積絵莉(橋本総業ホールディングス)が「すごく身体能力が高い」と言えば、元シングルスランキング8位、ダブルス1位の杉山愛さんは「アイ・ハンドコーディネーション(視覚情報と手の運動を連動させる能力)が素晴らしい。動体視力も良く、動物的な勘を持っている」とその能力を絶賛した。

 156センチと小柄だが、スピンを効かせたフォアを主体とし、男子選手のようにコートを広く使うダイナミックなプレーを好む。「ドロップショットやボレーなど、引き出しは多い方」と本人も言うように、ショットバリエーションの多さも魅力。それら多彩な技を、小さな体にめいっぱい詰め込んだ闘志と負けん気で駆使し、もぎ取るように勝利をつかむのが彼女のテニスだ。だが高まりすぎる闘争心は、時に自制心を狂わせるもろ刃のつるぎでもある。過去にはプツリと切れた集中力をつなぎ直せず、勝てる試合を落とすことも少なくなかった。

 その彼女が、WTAツアー初の準優勝を果たしたジャパン女子オープンでは予選から通じてシングルス8試合、最後まで自分を律し続けた。

「突然、変わったわけではありません。全てつながっているんです」

 今季の加藤を見続けている、日本テニス協会ナショナルチーム女子コーチの古庄エドワルド大二郎が証言する。

「フレンチでは、(テーラー・)タウンゼント(米国)戦でボレーをミスして崩れてしまった。あそこから今まで、ずっと成長が続いてきてるんです」

 古庄コーチの言う「ボレーミス」とは、今年5月、加藤が初めて予選を突破し出場した全仏オープン本戦の1回戦。リードされながらも追い上げた加藤は、相手を捕らえる決定的なボレーを打ち損じ、以降、1ゲームも奪えずに敗れた。

 試合後の会見でそのボレーミスに真っ先に質問が及んだ時、加藤は「多少は引きずっちゃったと思います」と軽く応じるのみだった。

「あそこで決めていればって……そんなん、自分が一番よく分かってますよ……」

 しばらく経ち、すねたように口を尖らす彼女の姿があった。

「最後にブレークしたのが失敗」

ウィンブルドンの予選では、自ら主導権を手放してしまい、その後は立て直すことができなかった 【写真:アフロ】

「ウィンブルドン予選では、(アジア・)ムハンマド(米国)戦の第3セットの最初のゲーム。あそこを落として、やはりその後、立て直せませんでした」

 次に古庄コーチが挙げた“成長への足掛かり”が、ウィンブルドン予選の2回戦。加藤本人が「苦手」と公言する芝のコートで、長身ビッグサーバーと対戦した試合である。この時の加藤は第1セットを落とすも、第2セットでは多彩かつアクロバティックなプレーで圧倒し6−1で奪取。しかし第3セット最初のサービスゲームを失い主導権を手放すと、以降、追い上げの気配は見られなかった。

「試合が終わってから思ったんですけれど、第2セットで調子に乗りすぎて、最後にブレークしたのが失敗でした。あれで第3セットが自分のサービスから始まったんで、変に緊張しちゃったんです」

 敗戦の数時間後、彼女はあっけらかんと言う。

「ハハハハッ! それ、僕にも同じこと言ってました」

 声を上げ、古庄コーチが笑った。

「面白い子ですよね。発想がすごくユニークです。でも自分なりに一生懸命考えて、次につなげようとしているんです」

 敗戦後、コーチと選手は予選会場の芝の上に座り込み、笑顔も交えながら延々と話し合う。

「ウィンブルドン、終わっちゃいましたよ……」

 珍しく悄然(しょうぜん)として、彼女がポツリとつぶやいた。

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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