2000安打達成の鳥谷敬の価値とは!? 安打数だけではない重要な記録に注目

山田隆道

阪神生え抜きとしては史上2人目

プロ野球史上50人目、阪神生え抜きでは2人目となる通算2000安打を達成した鳥谷 【写真は共同】

 近年のプロ野球では2000安打の達成者が続出している。スポーツ医学などの発展により以前に比べて選手寿命が延びたことや、年間試合数の増加などが主な原因だと考えられている。もちろん、だからといって2000安打の絶対的な価値は変わらないのだが、相対的な希少価値という意味では以前より少し薄れたところもあるかもしれない。

 しかし、阪神ファンの私としては鳥谷敬の史上50人目となる2000安打達成に素直な喜びを感じている。しみじみとした感慨にもふけっている。先述した2000安打のゆるぎない絶対的価値はもちろん、阪神という球団においては2000安打の希少価値も極めて高い。なにしろ、阪神ひと筋での2000安打達成となると、藤田平以来となる2人目の快挙なのである。

 正直、これまでの私はこの2000安打という記録に阪神ファンとしてのコンプレックスを感じていた。巨人に次ぐ歴史を誇る老舗球団・阪神は、これまでの長い球団史の中で藤村富美男、吉田義男、田淵幸一、先述の藤田、掛布雅之、岡田彰布、和田豊……といった2000安打の大台を期待された生え抜きのスター選手を何人も輩出してきたが、その中で実際に大台に到達したのは藤田だけであった。

掛布らでも届かなかった2000安打

 とりわけ“ミスタータイガース”とうたわれた藤村、田淵、掛布の3人は、いずれも球史に残る大打者として広く認知されているものの、通算安打記録というくくりではいろいろな事情が絡み合って目立った数字にまでは達していない。

 藤村は戦前の1リーグ時代を経ているため、当時の試合数の少なさから若いころに安打数を稼ぐことができず、田淵は現在の埼玉西武・中村剛也のような安打数よりも、本塁打数(本塁打率)のほうが際立つ、ある意味では極めて希少な長距離砲で、さらに故障も多い選手だったため、やはり安打数という面では傑出しなかった。そもそも西武へのトレードもあったし……。

 そして掛布である。この人の場合は、1986年のデッドボールがすべてだろう。高卒でプロ入りし、2年目でほぼレギュラー奪取という早咲きのスター。打率も残せて本塁打も打てるバランスのとれたスラッガーで、31歳で早くも通算1500安打に到達。以上を考えると、掛布の2000安打達成は間違いなしと思われたが、先述のデッドボールで左手首を骨折して以降は打撃を大きく崩し、さらにその後も度重なる故障に見舞われ、88年に33歳の若さで引退した。現役15年間で通算1656安打、349本塁打、1019打点。実働年数の短さを考えると通算記録も素晴らしいものがあるのだが、それでも2000安打に到達できなかったという事実は、阪神ファンとして大きな心残りだ。

 阪神にはそういう苦い歴史があるからこそ、鳥谷の2000安打には特別な想いが込み上げてしまう。球界屈指の歴史を誇りながら2000安打男が少ない阪神。そんなコンプレックスが少しは解消されたような気がして、鳥谷に感謝の気持ちまで芽生えてくる。

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著者プロフィール

山田隆道

作家。1976年大阪生まれ。早稲田大学卒業。「虎がにじんだ夕暮れ」「神童チェリー」などの小説を発表するほか、大の野球ファン(特に阪神)が高じて「阪神タイガース暗黒のダメ虎史」「プロ野球むしかえしニュース」などの野球関連本も多数上梓。現在、文学金魚で長編小説「家を看取る日」、日刊ゲンダイで野球コラム「対岸のヤジ」、東京スポーツ新聞で「悪魔の添削」を連載中。京都造形芸術大学文芸表現学科、東京Kip学伸(現代文・小論文クラス)で教鞭も執っている。

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