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全日本男子の新セッター、藤井直伸の武器
「ありえない」トスワークで世界へ挑戦

代表でのすべての経験が、かけがえのない糧に

今季、全日本に初選出されたセッターの藤井直伸。トスワークを武器に出場機会をつかんでいる
今季、全日本に初選出されたセッターの藤井直伸。トスワークを武器に出場機会をつかんでいる【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 7月31日に行われた初めてのアジア選手権準決勝。地元・インドネシアに送られる大声援が会場にこだまする中、初出場となるセッターの藤井直伸は完全アウェーのコートに立った。


「正直、雰囲気にびっくりしました。そもそもアジアで試合をすること自体も初めてだから、こんなアウェーも初めて。体育館のキャパシティもそれほど大きくないから声も響くし、とにかく圧倒されました」


 コンディションは最悪だった。ワールドリーグ、世界選手権アジア最終予選と約3カ月試合が続き、疲労もピークを超えた。腹痛にも見舞われ、順位決定リーグ予備戦のカザフスタン戦は先発から外れたほど。衛生面を考え、生野菜を食べられずにいた。サプリメントでビタミン補給はしていたが、鼻の頭に大きなニキビもできた。


「これも全部、経験ですよね。確かにきついですけれど、日本にいた頃よりは体力面もだいぶ鍛えられて、タフになったなという感じはします」


 代表初選出でつかんだチャンス。すべての経験が、藤井にとってかけがえのない糧になっているのは間違いない。

どこからでもミドルを使えることが強み

藤井の強みはどんな状況でも「ミドルを使えること」。小林監督は「トスワークの素晴らしさに、技術が追い付いて来た」と評価
藤井の強みはどんな状況でも「ミドルを使えること」。小林監督は「トスワークの素晴らしさに、技術が追い付いて来た」と評価【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 全日本で主将を務める深津英臣がセッターとしてインターハイを制覇し、大学時代にもインカレを制して日本一になったのとは対照的に、藤井が歩んできた道は、エリートには程遠い。


 古川工業高から順天堂大へ進学するも、レギュラーセッターになったのは4年から。卒業前になっても声をかけてくれるチームがない中、常にミドルを使えるトスワークと度胸を評価したのが東レアローズだった。


 冗談交じりに、東レの小林敦監督は言う。


「お世辞にも『うまいセッター』とは言えませんでした。むしろトスはへたくそ(笑)。最近になってやっと、彼が持つトスワークの素晴らしさに、技術が追い付いて来たんですよ」


 高校時代から「ここに上げれば決まる」というスパイカーとプレーしてきたわけではない。そんな環境がプラスに働き、ごく自然にミドルを使う。そんな習慣が備わった。東レで共にプレーする選手も、対戦相手の選手も「普通ならミドルを使わない場所からでも、クイックを使ってくるのが藤井」と口をそろえる。藤井自身も「ミドルを使えることが自分の強み」と言い切る。


 セッターとしての大きな武器。その強さを小林監督はこう見る。


「サイドの選手がミスをすればスパイカーのせいと言われますが、クイックを失敗すると『セッターが打たせられなかったから』とセッターに責任が向けられます。だから終盤の勝負どころでクイックに上げて、もしミスをしたら『セッターのせいだ』と言われるのが怖くて、クイックを使えないセッターは多くいますが藤井は違う。


 彼はどんな状況でもミドルに上げられるし、自分で責任が取れる。これは面白いと思ったので、彼には一度も『何でそこに上げるんだ』と言ったことも、『ここに上げろ』と言ったこともありません」

失敗しても、またミドルを使う

「普通ならありえない」状況でもミドルを使う。そのトスワークは全日本でもいかんなく発揮されている
「普通ならありえない」状況でもミドルを使う。そのトスワークは全日本でもいかんなく発揮されている【坂本清】

 昨年末の天皇杯皇后杯全日本選手権。25日に行われた決勝は東レと豊田合成トレフェルサが対戦。両チームが互いの長所を出し合い、ハイレベルな戦いが繰り広げられ、東レが2セットを先取するも、豊田合成も2セットを奪取し2−2。試合はフルセットへともつれ込んだ。


 勢いに勝る豊田合成が最終セットも先行し、12−13と豊田合成が1点をリードして迎えた終盤、藤井はミドルの李博に上げたが、コンビが合わず失敗。豊田合成がマッチポイントを握った。その際、タイムアウトをとった小林監督は藤井にこう声をかけた。


「ナイストスだよ。お前らしいわ」


 タイムアウトの後、東レは絶体絶命の土壇場から2点を取り返し、デュースに突入。そして14−15と再び豊田合成がマッチポイントとなった場面で藤井が選択した攻撃は、前衛に上がった富松崇彰のBクイック。低いトスを無理やり打つ形になったクイックはアウトになったかに見られたが、チャレンジによりワンタッチが確認され、土壇場で追いついた東レがその後逆転。最終セットを22−20で激闘を制した東レが3年振りに天皇杯を制した。


 大事な局面で1本失敗し、それでもまたミドルに上げる。小林監督が「普通ならありえない」と笑うトスワークこそが藤井の持ち味であり、東レだけでなく、全日本でもその武器はいかんなく発揮されている。

田中夕子

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など、女子アスリートの著書や、前橋育英高校野球部・荒井直樹監督の『当たり前の積み重ねが本物になる』では構成を担当

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