無名選手から日本代表へ 天井翼、世界水泳で目指すその先
■天井翼を知る3つのポイント
・高校時代は無名。東洋大進学後に日本代表に。
・リオデジャネイロ五輪(以下、リオ五輪)代表の座を逃し、日本代表のメダル獲得に複雑な思いも。
・「今年こそは」という思いで練習。2大会連続で世界水泳の舞台へ。
東洋大への進学 つかんだ日本代表
2度目の世界水泳に臨む天井翼。高校時代は、全国的には無名の選手だった 【写真:築田純/アフロスポーツ】
高校時代は全国大会には出場していたものの、決勝には進めず。しかし、オリンピアンが多数在籍する東洋大に進学直後、大学1年生で迎えたインカレで“天井翼”の名が全国に知れ渡る。大会最終日、男子の花形種目である4×200メートルリレー決勝での事だ。個人種目の200メートル自由形で5位だった天井は、東洋大のアンカーを任され、3位でバトンを受け取る。すると、1、2位の大学をじりじりと追い上げていき、ラストスパートで抜き去り優勝をもぎ取ったのである。
その後も順調に記録を伸ばしていき、2014年の長崎国体の400メートル自由形で全国大会初優勝を飾る。同年12月の世界短水路選手権(カタール・ドーハ)にも出場し、初の日本代表を経験。15年には、世界水泳(ロシア・カザン)の代表入りも果たした。だが16年、4月に行われた日本選手権の200メートル自由形で力を出し切れずに5位で、その夏のリオ五輪代表を逃してしまう。
気持ちが切れてもおかしくないような経験、“挫折”と言っていいかもしれない。それでも天井の心は折れなかった。大学4年の最後の夏、インカレの200メートル、400メートル自由形で2冠を達成し、存在感を示したのである。
五輪逃した悔しさ「今年こそ、という思いで練習してきた」
16年リオ五輪は代表に入れず。その悔しさを力に変えた 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】
「今年こそは、という思いで練習をしてきました。五輪でメダルを獲得しているチームであること(※)を心に刻んで臨みます」
4年前は全く無名だった選手が、気付けば日本を代表する選手に成長した。次はいよいよ、世界に“天井”の名を知らしめるときだ。
※2016年リオ五輪の男子4x200メートルリレーで、日本男子は52年ぶりの銅メダルを獲得した。
- 前へ
- 1
- 次へ
1/1ページ