深大寺そば食ってクリンチャー「競馬巴投げ!第145回」1万円馬券勝負
むしろ液体に興味があると言った方が正確なんです
[写真1]アドミラブル 【写真:乗峯栄一】
一応深大寺にお参りしたあと、そば屋ばかりが何十軒も並んでいる中で、一番端の夫婦二人だけでやっているような、並びの中でも最も小さい店に入る。
そばはうまかった。水が冷たいのか、ざるそばはひんやり冷えていて、コシがあり、絶妙の味に思えた。
「別に自己弁護のために言うんじゃないんです。わたしの場合、セックスに人一倍興味があるというより、むしろ液体に興味があると言った方が正確なんです」
昼飯どきをすぎて、ほかに客がいないこともあるのか、白髪頭の店主はぼくの席の横に立って、突然意味不明のことを言い出した。
「20年前に亡くなった父から受け継いだものなんです。この店。父が死んでから、わたしと“田村のおばちゃん”と呼ぶパートの中年女性の二人で運営するようになり、人手が足りないからと店も縮小して続けていますが、店はどんどん先細りとなっている。いけないのは、わたしが“考えるそば屋”だったことなんです、たぶん」
たとえばバラタナゴです
[写真2]アメリカズカップ 【写真:乗峯栄一】
「“わあ、きれいな水ねえ、きゃっ、触ると冷たい!このきれいで冷たい水だと、そうよねえ、そば作るのに適しているわよねえ”というのが、まあ普通の人の考えることだ。わたしも子供の頃、両親の店を手伝っていた時分にはそんなことを考えていたように思います」
店主はいつのまにか、ぼくの前の席に座って話し始める。
「でもいつの頃からか、そんな、ある意味純粋で、ある意味ありきたりのことは全く考えなくなった。きれいな水を見ると無意識に“液体だ”と呟いている。“固体じゃない”と分かりきったことを続けている。“でも固体が液体の中に入ると、それはセックスしなくていいということになる”などとも独り言を言っている」
そこで店主は少し黙る。
「たとえばバラタナゴです」と店主は呟く。
「は?」と聞き返す。
「バラタナゴです」ともう一度言うと、「まあ、熱いのを」とぼくの湯飲みに茶を注ぐ。
「バラタナゴって……、魚ですか?」
「魚です。ごく普通の魚です、この調布を流れる野川や多摩川にもたくさんいる、ごく普通の魚です。あなた、昨日ダービーに行ったようですねえ」
「はい、キングカメハメハで少し取りました。安かったですけど」
「あの府中競馬場の周りを巡って多摩川に合流する溝にもバラタナゴはいるんです」
「はい……」
「このバラタナゴというのは、繁殖期になるとメスは産卵管という細長い管を腹の下から伸ばします。だらしないです。それにひきかえオスは頬のあたりをほんのりピンク色に染める。そこからバラタナゴという名が付いた。そしてオスは頬をピンクに染めて“ごめんなさい、発情しました、ああ恥ずかしい”と言う。オスの方がです。実に控え目だ。しかもだ、それだけ渾身の羞恥告白しながらバラタナゴはセックスしない。ここが大事だ、お客さん、頬を染めてまで告白するオスはメスがその気になってもチ●●ン振りかざしたりしないんです」
いつの間にか店長は立ち上がっている。
「……はい」
「バラタナゴはチ●●ンふりかざしたりはしないんです」と店主はもう一度繰り返す。
「はあ……、でもご主人、魚にチ●●ンなんてあるんですか?」
「うん?」
「チ●●ンあるんですか、魚に」
「……あ、うん、普通の魚にはない」
店長はうなだれて、また椅子に腰掛ける。