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Jリーグが後援する映画『MARCH』とは?
震災から5年、サッカーによる復興支援

南相馬のマーチングバンドと愛媛FCの知られざる交流

映画『MARCH』は、「震災復興支援」を明確に打ち出した日本で初めての映画である
映画『MARCH』は、「震災復興支援」を明確に打ち出した日本で初めての映画である【(C)映画MARCH制作委員会】

「Jリーグは、本日の理事会で、東日本大震災復興支援映画『MARCH』を後援することを決定いたしました」

 

 2月23日付のJリーグのリリースについて、特に気に留めた人はそれほど多くはなかったはずだ。続きを読んでみよう。

 

「この映画は、震災被害を乗り越えて福島県南相馬市で活動をしているマーチングバンドの『Seeds+(シーズプラス)』をJクラブも支援している様子を収録した短編ドキュメンタリー映画です。震災から5年の節目を迎えるにあたり、Jリーグとしても震災を忘れず、そして支援をしていくために後援いたします」

 

 補足説明をしておく。Seeds+は、もともとは南相馬市立原町第一小学校のマーチングバンド部が母体となっている。同小学校は全国大会にたびたび出場する強豪校だったが、5年前の原発事故によりメンバーは一時的に四散。それでも「演奏を続けたい」という子供たちが再び集まり、さらに中学生も加わって現在のメンバーとなった。

 

 さて、この3月11日で、震災発生から5年となる。この間、Jリーグは「Jリーグ TEAM AS ONE」をはじめとするさまざまな復興支援活動を行ってきたが、支援に対する熱量が年々減ってきているのは否めない。2月20日のゼロックススーパーカップで行われた、被災地支援の募金総額は9万1088円にとどまった(ちなみに公式入場者数は3万3805人)。震災から5年が経過し、支援のあり方も変化が求められているのは明らかである。

 

 マーチングバンドの「マーチ」、そして震災と原発事故が起こった「3月(英:March)」をかけた映画『MARCH』は、「震災復興支援」を明確に打ち出した、日本で(そしておそらく世界でも)初めての映画だ。


 ではなぜ、マーチングバンドを追いかけたドキュメンタリー映画をJリーグが後援することとなったのか。そこには、Seeds+の子供たちとJ2クラブの愛媛FC、そして映画制作と募金活動に関わったスタッフの情熱があったことは見逃せない。本稿では、当事者たちの言葉から映画製作の経緯を紹介するとともに、サッカー界にとっての復興支援のあり方についても考察したい。

「この映像をもっと多くのサッカーファンに届けたい」

試合前に前座としてSeeds+のメンバーが演奏を披露した
試合前に前座としてSeeds+のメンバーが演奏を披露した【(C)映画MARCH制作委員会】

 発端は、2年前の2014年9月14日にニンジニアスタジアムで行われた、愛媛対モンテディオ山形(4−0)の試合であった。試合前、前座としてSeeds+のメンバーが演奏を披露すると、愛媛のサポーターから子供たちを激励するゲートフラッグが掲出され、さらに南相馬コールが起こった。この光景にいたく感動したのが、子供たちを愛媛に招待する企画を提案した「ちょんまげ隊のツンさん」こと角田寛和。のちに『MARCH』のプロデューサーとなる人物である。

 

 ちょんまげのカツラとプラ版で作った甲冑(かっちゅう)姿で日本代表のゴール裏で選手を応援するサポーター「ちょんまげ隊」。その隊長の角田の存在は、サッカーファンの間ではつとに有名である。色物サポーターとして見られがちな彼が、それでも他の代表サポーターから一目置かれているのは、震災発生時から今に至るまで継続的に被災地支援を行ってきたからだ。そして、彼が国内外で行ってきた被災地報告会は、すでに220回に及ぶ。Seeds+と愛媛とを引き合わせたのも、彼の継続的な活動と幅広い人脈があればこそであった。

 

 実はこの時のバックスタンドの様子をとらえた映像がある。撮影したのは、ちょんまげ隊のスタッフで、のちに映画のプロデューサー補佐となる遠藤恵。「現地に行ったらツンさんからカメラを渡されて、ひたすら動画と静止画を撮ることになったんです」とは当人の弁だが、彼女がビデオを回さなければ『MARCH』が生まれることはなかったと角田は言い切る。

 

「あのメグちゃん(遠藤)の映像がなかったら、今回の映画の話はなかったですよ。僕もサポーター歴はそれなりに長いですけれど、公式戦なのに自分たちのチームではなく前座の子供たちにコールするという光景を初めて見て、激しく感動したんですね。ただ、愛媛の集客って(平均で)3000人くらいなんですよ。だったら、この映像をもっと多くのサッカーファンに届けたいなと。そしたら、愛媛が来年(15年)もまたSeeds+を呼ぶという話が聞こえてきて『それなら、こっちも頑張らないと』と思ったんです」

 

 そこで角田が相談を持ち掛けたのが、映画監督の中村和彦。中村は、知的障がい者サッカーの世界大会を追った『プライドinブルー』や、ろう者女子サッカーの世界を描いた『アイ・コンタクト もう1つのなでしこジャパン ろう者女子サッカー』など、ハンディキャップサッカーのドキュメンタリー映画ですでに実績があった。


 角田のリクエストは2点。Seeds+が再び愛媛に招かれる15年8月1日のセレッソ大阪戦を撮影すること。そして、自分たちが撮影した映像と組み合わせた形で短編映画を作ること。旧知の仲である中村は、このオファーを引き受けた。もっとも、映画制作に対する両者の認識のギャップが、のちに抜き差しならぬ問題となってゆくことを、角田も中村も当時はまったく想像していなかった。

宇都宮徹壱
宇都宮徹壱
1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)。近著『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。自身のWEBサイト『徹壱の部屋』(http://tetsumaga.com/tete_room/)でもコラム&写真を掲載中。また、「宇都宮徹壱ウェブマガジン」(http://www.targma.jp/tetsumaga/)も配信中