Jリーグが後援する映画『MARCH』とは? 震災から5年、サッカーによる復興支援

宇都宮徹壱

後戻りができない壮大なプロジェクトに

前座演奏は大成功をおさめ、愛媛はもちろん対戦相手のC大阪のサポーターからも激励を受けた 【(C)映画MARCH制作委員会】

 8月1日のニンスタでのゲームは、相手がC大阪であったこともあり、シーズンで2番目に多い7177人の観客がスタンドに詰め掛けていた。南相馬から招かれたSeeds+のメンバー25名(上は中学3年から下は小学3年)は、愛媛県庁や松山市役所への表敬訪問をこなしてからは、観光することもなく本番直前まで練習に余念がなかったという。
 
 結果として前座演奏は大成功を収め、愛媛サポーターはもちろん、ビジターのC大阪サポーターからも激励のゲーフラが掲げられた。「公式戦にもかかわらず、愛媛サポと一緒に南相馬コールをしてくれて、それがスタジアム全体に包み込む瞬間を作ってくれました。本当に感謝しかないです」と角田は語る。
 
 ちなみに試合は、前半に先制された愛媛がロスタイムのゴールで劇的な逆転勝利を収めている(2−1)。その模様は映画の冒頭を飾っているのだが、実際にクランクインしたのは7月26日。中村は角田や遠藤にエスコートされながら、Seeds+の子供たちが暮らしている南相馬でカメラを回している。この時、中村が感じていたのは「愛媛での撮影後も、南相馬で撮影を続ける必要があるな」というものであった。一方、プロデューサーの角田は「愛媛での撮影が終わったら、これで映画ができるぞ!」と楽観していたという。
 
「僕としては、すでに南相馬で撮影しているので、もう行く必要はないだろうと思っていたんです。以前、僕らが撮った映像と、監督が撮ってくれた映像があれば、それで魔法のように映画ができるだろうと(笑)。それに、何度も南相馬に行けるお金もなかったですし」(角田)
 
「内輪で感動するだけなら、単なる『いい話』でもいいかもしれない。でも、第三者に観てもらう作品にするのであれば、もうワンステップ進まないといけないと思ったんです。マーチングバンドとサッカーと原発事故という、本来であればまったく結び付かないものをどう作品の中に自然に落とし込むべきなのか。そのためには、南相馬での撮影を続ける必要性を感じていました」(中村)
 
 中村は角田に対し、「福島のことをちゃんと伝えないと、子供たちの笑顔が薄いものになってしまう」と厳しい口調で迫ったという。映画業界が長い中村と、映画製作の現場を知らない角田の間では、この「ちゃんと」の認識に大きな隔たりがあった。結果として南相馬でのロケは10回を数え、加えて中村の画作りへの情熱とこだわりは人一番であったため、制作費は当初の予定を大幅に超えてゆく。「ハートウォーミングな短編映画を共有できれば」という角田の当初の願いは、気がつけば後戻りができない壮大なプロジェクトになっていった。

震災から5年が経っての支援のあり方

「サッカーのつながりでいろんな方々の力を借りながら作品が完成したという実感がある」と語った中村監督(左) 【宇都宮徹壱】

「最初は、僕のお金で何とかなると思っていました。でも、このままだと本当に破産してしまう(苦笑)。ただ、監督の本気度はじわじわと感じていましたし、半年以上も拘束していたからギャラもお支払いしなければならない。それで、9月末ぐらいですかね。愛媛に何度も通って、どうすればお金を集められるか、いろんな人に相談しまくっていました」(角田)
 
 幸い、角田は愛媛ではかなりの有名人であったため、賛同者や協力者は日を追うごとに集まった。サポーターやスポンサー企業、有志によるえひめsmile委員会、さらにはローターアクトやえひめ学生smile委員会といった学生団体の協力も得られ、愛媛だけでバジェットの半分近くを集めることができたという。それにしてもなぜ、南相馬のマーチングバンドの映画に、これほどまでの愛媛の人々の志(こころざし)が集まったのだろうか。募金活動のまとめ役を買って出た、松山大学2年生の山本逸平は、その理由をこう説明する。
 
「映画の半分は愛媛で撮影されたものですから、愛媛は(この映画の)当事者だと思っています。しかも愛媛FCが子供たちを招待して、愛媛FCが関わることで子供たちを笑顔にすることができた。そんな愛媛のことを、この映画を通して全国の人たちに知ってほしいし、福島の現状についても伝えられたらいいと思っています」
 
 スタッフたちの葛藤と情熱と努力の結果、限られた予算と日程にもかかわらず、映画は無事に完成した。そしてJリーグへのプレゼンの結果、後援のみならず3月14日にJFAハウスにて試写会が行われることも決まった。ただし、現時点ではまだ募金目標額から20万円ほど不足しているという。一口3000円(個人)の募金とともに、スタッフが願っているのが全国規模での上映。作品の貸出料による収益は、そのままSeeds+をはじめとする福島の子供たちに還元されることになっている(詳しくは制作委員会のHPをご覧いただきたい)。
「確かに、全編サッカーという映画ではないけれど、サッカーつながりでいろんな方々の力を借りながら作品が完成した、というのは実感としてありますね」と語るのは監督の中村である。この言葉に、今後の復興支援のあり方を考えるヒントがあるように感じた。震災の記憶が、時間の経過とともに風化するのは止めようがない。それでも、サッカーというつながりから被災地を想い、そこに暮らす人々の現状を知り、そしてエールを送ることは十分に可能だ。そんな当たり前のようで、久しく忘れかけていたことを思い出させてくれるのが、映画『MARCH』なのである。

(文中敬称略)

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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