福島UとJヴィレッジに見る震災3年 改めて考える日本サッカーの「3.11」

宇都宮徹壱

福島ユナイテッドにとってのJ3開幕

東京・西が丘で開催されたJ3リーグ開幕戦。試合前に震災犠牲者に黙祷が捧げられた 【宇都宮徹壱】

「試合前、まずここでサッカーができることに感謝しよう、と選手には伝えました。ここまでクラブの歴史を築き上げてくれた人たちの想いがあって、今こうしてわれわれは試合ができる。そのことに感謝して全力でやろう。それも今日だけでなく、常にやっていこう、という話はしました」

 3月9日、東京・西が丘サッカー場で開催されたJ3開幕戦、AC長野パルセイロ対福島ユナイテッドFCの試合後の会見で、福島の栗原圭介監督はこのように述べた。ちなみに記者の質問は、東日本大震災に関するもの。この日は今季からスタートするJ3の開幕戦ということで大いに注目されたが(観客数は4312人。メディアも会見場に入りきらないくらい殺到した)、一方で「3.11」直前の公式戦で被災地のクラブである福島が東京で試合を行うということでもメディアの関心を集めていた。

 試合は昨シーズンのJFL優勝チーム(長野)と14位のチーム(福島)との力の差が、明確に現れる内容となった。前半17分、長野のMF向慎一の自陣からのロングパスに、今季新加入のFW高橋駿太が反応。必死に追いすがる福島DF時崎塁をドリブルで振り切り、そのまま右足でゴールネットを揺らした。結局、これが決勝点となる。長野はその後も積極的なプレッシングと素早い判断力でゲームを支配。対する福島は、全員で体を張った守備をしながらカウンターに活路を見いだそうとするも、放ったシュートはわずか3本に終わり(長野は10本)、スコア以上に相手とのレベルの差を痛感することとなった。

 試合には敗れたものの、福島にとっては非常に意義深い試合であった――そう、個人的には捉えている。震災が起こった2011年当時、福島はまだ東北リーグ1部所属であった。しかし、3月11日の震災と福島第一原発事故がすべてを変えてしまう。延期となっていた東北リーグは、5月15日に開幕することとなったが、福島県内での試合開催は見合わされ、福島はすべての試合を県外で行うことを強いられた。加えて、原発事故の影響から7名の選手がクラブを去り、急きょ2名のコーチを選手登録して何とか22名を確保するという、苦しいチーム事情での戦いを余儀なくされた。

 冒頭の栗原監督の言葉どおり、「クラブの歴史を築き上げてくれた人たちの想い」がなければ、福島が「Jの舞台」にたどり着くことはなかっただろう。地元の銀行に勤めながら、東北リーグ2部、1部、そしてJFLを経て、8年目でJ3の舞台に立った時崎も、監督の言葉を受けて「これまで100人以上という選手や関係者が入れ替わりながら、このクラブの存続を支えてくれました。そのことは自分が、新しく入ってきた選手に伝えなければならないと思います」とコメントしている。

今季の福島が掲げる3つのテーマ

今季からJ3で戦う福島ユナイテッド(白)。被災地のアンバサダーとしての役割が期待される 【宇都宮徹壱】

 J3参入と「3.11」が重なったことで、福島のメディア露出がこれまでになく増えている。そこで必ずクローズアップされるのが、クラブダイレクターの竹鼻快氏、37歳だ。ベルマーレ湘南のスタッフ時代に、運営や営業や強化といったさまざまななノウハウを叩き込まれ、その後は当時JFL所属だったガイナーレ鳥取のGMに30歳の若さで就任すると、同クラブのJ2昇格に尽力。そして2年前、今度は東北リーグの福島をJクラブにするという、極めてリスクの大きいミッションに挑んだ。ここでいうリスクとは、原発事故の影響が戦力面や経営面でクラブを圧迫している、という意味である。それでも竹鼻氏は、自身が積み上げてきた経験と人脈をフルにいかして、クラブのJFL昇格とJ3参入の原動力となった。まさに勇気と男気に溢れるフロントである。

 もっともこの日の試合を見る限り、福島がJ3で優勝争いに絡むには、まだまだ足りないものが少なくないのも事実。竹鼻氏自身も「今季はそれほど順位はこだわっていない」としている。それ以上に、J3という陽の当たる場所に辿り着いたことで、福島ユナイテッドというクラブが、被災地である地元に還元できるものも少なくないはず。そこで竹鼻氏に、クラブとしての今後の目標について聞いてみると「経済効果」「風評被害の払しょく」「エンターテインメント」という3つのテーマを掲げた。

「まず、地域に経済効果をもたらすということ。たとえば今後、練習場を新たに作るとして、コート1面だけでなく3面作ることで、県外からのキャンプを誘致することができますよね。温泉旅館や商店街にお金も落ちていくことで『ウチの街にクラブがあってよかった』と思っていただけるようにしたい。次に、風評被害の払しょくですが、J3の試合を通じて福島産の食品を紹介したり、観光パンフレットを撒いたりして、積極的に福島の魅力を訴えていきたいと思います。それとエンターテインメント。やっぱり地元福島の人たちに、ゲームを楽しんでもらいたい。そのためには、守っているだけのサッカーだとお客さんは来てくれないですよね。魅力的なゲームを目指しながら、ホームゲームではイベントの部分でもいろいろと仕掛けていきたいと考えています」

 初めて福島の試合を見た2011年、サポーターの数はまだ10数人ほどで、県内での知名度もそれほど高いとは言えなかった。サッカー界ではJ1のベガルタ仙台が「復興の象徴」として注目を集めていたが、同じ被災地でも当時の福島と岩手には東北リーグ所属のクラブしかなく、メディアでの扱いも非常に限定的であったと記憶する。しかし、あれから3年が経過し、今では福島ユナイテッドもグルージャ盛岡もJ3所属。3月16日の第2節には、東北リーグ時代からライバル関係だった両者が激突する。震災の記憶の風化が危惧されている昨今だけに、両クラブには地元に夢と喜びを与えるだけでなく、被災地のアンバサダーとしての役割も期待したいところである。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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