ダルビッシュや大谷ら、メジャーへ羽ばたく逸材を数多く輩出している日本ハム。先発投手1位にダルビッシュ、DH部門の1位に大谷が入った(写真は共同)
上位はMLB、NPB他球団移籍組も合わせて、現役組強し! やはり優勝回数の多さからか“北海道ファイターズ”中心となった。“東京ファイターズ”――特にオレンジユニフォーム以前の選手は、ほとんど上位にカウントされなかった。
先発投手は北海道ファイターズからダルビッシュ有、大谷翔平が1位、2位。日本のエースと「二刀流」の最速投手なのだから、この結果は当然か。3位の西崎幸広は東京時代、「トレンディー・エース」と呼ばれ、あの細腕で今となっては考えられないような投球回数、完投数をマークしているので、ぜひ記録を見てほしい。
中継ぎの1位は、通算337ホールド、370ホールドポイントのNPBおよび世界記録を持つ、宮西尚生が68.35%の得票率でダントツ。2位・武田久、3位・建山義紀と最優秀中継ぎ投手のタイトル受賞者が続く。4位・岡島秀樹は2006年のみの在籍ながら、左のセットアッパーとして日本一に貢献した。
抑えは09年からクローザーに就き、最多セーブ3回の武田久が1位。「江夏の21球」の翌々年、広島から移籍した江夏豊が2位。06年日本シリーズ胴上げ投手のMICHEAL(マイケル中村)は、3位に入った。
捕手の1位は「ダルビッシュの専属捕手」で一軍定着した鶴岡慎也が1位。「打てる捕手」で、後に一塁に転向した高橋信二は2位につけた。3位は東京組の田村藤夫。筆者としては「空タッチ」の若菜嘉晴に1票投じたかった。
野手は「ガッツ」こと小笠原道大が一塁、三塁で1位。「サムライ」や「恐怖の二番打者」など、いくつもの呼び名があった。名手・金子誠も二塁、遊撃部門でともに2位。二塁の1位は63.50%の得票率を獲得した田中賢介。俊足・堅守・巧打の持ち主で、09年は規定打席到達選手唯一の併殺打なしを記録した。3位の白井一幸は、走攻守においてバランスのいい選手だったが、日本ハム時代はたびたびケガに泣かされた。
三塁2位の片岡篤史は90年代終盤、「ビッグバン打線」の三番バッターとして活躍。遊撃1位の田中幸雄は高卒2年目から遊撃に定着、95年には四番で打点王に輝いた。同姓同名の投手がいたことから、若いころは「コユキ」と呼ばれていたが、実は身長184cmの大型ショートである。
外野は1位・稲葉篤紀、2位・SHINJOが06年日本一時の外野陣。この2人に6位の森本稀哲を合わせた外野3人で投手交代時、頭にグラブを載せ、片ヒザをついて集まっていたシーンは有名だ。3位・糸井嘉男(現阪神)は全てのプレーにおいて超人的で、「うちゅうかん(右中間)ってなんですか?」などの宇宙人的な発言でも愛された。現在、テレビで「喝!」を出しまくっている4位・張本勲は東映時代、7度も首位打者を獲得したスプレーヒッターである。
DHは「二刀流」大谷が1位。2位は東京・後楽園球場時代に五番打者を務め、「サモアの怪人」と呼ばれたソレイタ。ソレイタの本塁打と新人王獲得左腕・木田勇に掛けた、大沢啓二監督の「ソレイッタ、ソレキタ」という名言(迷言?)を覚えている方は、本稿の読者においでだろうか? 3位・ウインタースは通称「踊るホームラン王」。雨天中断時のヘッドスライディングや、チアと一緒に踊るパフォーマンスなどで人気を博した。90年の来日から4年連続30本塁打を放った大砲だが、タイトルにはついに届かなかった。
(文:前田恵、企画構成:株式会社スリーライト)